『科学とはなにか』著者の応答:佐倉統

2023-07-19

「書評のひろば」は、書評のひろば」は、ひとつの本について、異なる分野の専門家たちが書評を書き、それらの書評に本の著者が応答し、ある本を立体的に理解した上で、科学や社会、あるいはコミュニケーションについて、理解を深めていく企画です。今回取り上げる本は、『科学とはなにか 新しい科学論、いま必要な三つの視点』(佐倉統、2020年、講談社)です。

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『科学とはなにか』著者の応答:佐倉統

科学そのものにより近い立場(道上氏)、社会科学系の研究者としての立場(中村氏)、そして科学と社会をつなぐ立場(内田氏)、それぞれのお立場から、拙著についての好意的なコメントをいただき、うれしい限りである。

道上氏は、科学と社会の関係についてのイメージを明確にさせることを顕微鏡のピント合わせにたとえ、拙著が御自身のそれに役立ったと評価してくださった。そして、顕微鏡でのピントの合い方が人によって違うように、科学と社会についての視点(本書の副題にある「三つの視点」)も読者ごとに違うはずだと指摘されている。そのとおりだと思う。

本書を出版してから数年経ち、この間にも科学技術は進歩発展し、とくにChatGPTを始めとするAI/ロボット関係の急速な変化は目を見張るものがある。このような時代にあっては、「エラい先生の考え方」が時代に合わないものになってしまっている可能性はとても高い。自力で自分自身の「ピントの合い方」を見つけるしかないのだ。正直、とてもしんどい状況だと思うが、本書がその一助になることを指摘して下さった道上氏の評は、著者として励みになるものだった。

中村氏は、私と同じように大学院時代の西アフリカでのフィールドワークが人生の転機になったエピソードを紹介しつつ、社会との関係は科学技術領域だけではなく他の分野でも重要であることや、「日常生活を充実させる」という私の拠り所も深く掘り下げていくと一筋縄ではいかないことを指摘して下さっている。拙著では「日常生活」がある種の錦の御旗になっていて、その実態についてはあまり分析していないのは御指摘のとおりである。言い訳をすると、これは科学技術社会論全般にとっての宿痾で、「『社会』ってなんですか?」という根源的な問いを真っ正面から取り上げると、研究者ごとの研究対象や見解や理論枠組みがあまりに多様で、個別事例の羅列に回収されてしまいかねないところがある。そういう羅列も現代の学問として重要だという見解には半ば賛成するが、しかし一方で「研究」や「学」を標榜する以上、一定程度の普遍化や一般化も必須であり、バランスの取り方がとても悩ましい。

この点は内田氏が引き合いに出している「第3の道」とも関係する問題だ。そもそもの第1(専門家)と第2(一般市民)の道も多様なのであり、ましてやそれらの関係をバランス良くとるという第3の道とはどういうものなのか、そしてそれがどこまで一般論として可能なのかは、まさに内田氏を始めとする科学技術社会論の最前線にいる研究者たちが格闘中の難関課題であろう。

別の言い方をすると、この問題には一般的な解は存在しないのだ。性急にそれを求めることはかえって事態を悪化させ、科学技術と社会の間の歪みをこじらせたり、分断を固定化したりすることになりかねない(例:ツイッターでの罵り合い)。

内田氏は、本書を読んでもこの点への明快な解は得られないとしつつ、むしろその「もやもや」を抱え続けることが大事なのだと結んでいる。これは、ピントの合い方がひとりひとりで違うという道上氏の指摘につながる話で、一般解を求めようとするとどうしても「もやもや」せざるをえなくなるのだ。

しかし、この「もやもや」に耐えられない人も少なくないはずなのだ。だからSNSには性急な一般解を求めての罵り合いが後を絶たない。そういう人たちへの対処を具体的にどうするか。これは、「生活の充実」って何なのかという中村氏からの問題提起と合わせ、筆者が新たにいただいた宿題だと認識している。まだまだやるべきことを明確に示して下さったお三方に、改めて御礼申し上げる。

佐倉統(東京大学大学院情報学環・教授)