『なぜ理系に女性が少ないのか』の書評:坂本真樹

2024-01-12

「書評のひろば」は、ひとつの本について、異なる分野の専門家たちが書評を書き、それらの書評に本の著者が応答し、ある本を立体的に理解した上で、科学や社会、あるいはコミュニケーションについて、理解を深めていく企画です。今回取り上げる本は、『なぜ理系に女性が少ないのか』(横山広美、2022年、幻冬舎新書)です。

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『女性理工系大学教授のN=1の感想』

理工系国立大学の女性教授として、きっと日ごろ思うところがあるのでは?ということで、「なぜ理系に女性が少ないのか」という横山広美先生のご著書の書評を依頼いただいた。確かに、大学での仕事だけでなく、社会活動の様々な場面、プライベートでも、日ごろいろいろ思うことがある。しかし、男性が圧倒多数の職場でも、男性と対等に仕事をしている女性が少ない社会のいろいろな場所でも、その思いを共有しあえる機会は少ない。発信の仕方を間違えると、男性からも女性からも反感を買う恐れさえある。本書は、そのリスクを回避するためか、無意識に鈍感になり忘れつつあった違和感を、思い起こさせてくれるものだった。

本書で展開されている内容は、物理分野の事情に関心が寄っているかな、ということ以外は、あらゆる点において共感できた。最も特徴的で素晴らしいことは、調査による統計データに基づいて記述されているということである。本書で書かれていることは、多くの理系分野で活躍する女性が感じていることであると思うが、それを個人が感じていることとして発言すると、女性ならではの客観性を欠く感情的な意見であるといった見方をされるリスクがある。男性が冷静なのに対し、女性は感情的になりやすい、ということもジェンダーステレオタイプにあると思われる(ある調査によると、あおり運転の加害者の83%が男性であるとされていることからも、必ずしも男性の方が冷静であるとは言えないと思うが)。女性が執筆している本書が、統計データに基づいて主張するというスタイルをとっていることは、素晴らしい方略である。

統計に基づいて書かれている本について、N=1の私個人の感想を書いてよいものか、私個人の経験や思いを書くことには躊躇があるのだが、この機会に努力して書いてみようと思う。

本書でも書かれているように、理系大学で女性を頭数だけ増やそうとする動きに躊躇する教員が男女ともにいるということは確かであると思う。女性ばかりが配慮されて、男性は配慮されないのか、といった不満の声もあると思う。女性だから副学長に選ばれているのだろうと言われることもある。本来、女性教授がたくさんいるなかで、最もふさわしい人が要職に選ばれる構図になるのがよいわけであるが、現状男女比に極端なアンバランスがあるため、これをなんとかして是正していかなければならない。どの段階で理系大学のアンバランスを是正するかは、男女の役割のイメージが形成される養育環境が重要であると思うが、遅くとも文理の進路選択が行われる高校生の段階がよい。しかし、早い段階で理系を選択する男女比を同等にするには、学校現場だけでなく、社会全体での努力が必要である。

様々な興味深い統計データとそれに基づく議論が示されている中で、私が最も興味深かったのは、第9章の「理工系分野に女性が少ない3つの要因」についての議論である。

STEM分野に女性が少ない要因としてアメリカの社会心理学者チェリアンが挙げている「分野の男性的カルチャー」「幼少時の経験」「自己効力感の男女差」という3つの要因に加えて、「男性・女性はこうあるべきという性差別についての社会風土」を第4の要因として検討している。個人的には、この4つ目の要因である「性差別についての社会風土」は高校での文理選択でも、特にその後の人生においても、感じ続けていたものである。この4つ目の要因に関する質問として挙げられている4つの質問のうち、「女性は知的である方がよいと思いますか」と「あなたは特定の学部・学科に進学すると、異性にもてないといった趣旨のことを言われた、もしくは聞いたことがありますか」という質問には、即答できる。仕事以外のほとんどの場では、知的だと思われると碌なことがないため、出身大学や職業を隠そうとしてきた。異性にもてるもてないは、ちょうど文理選択がある高校生にとっては重要な懸念事項だったのではないかと思う。この4つ目の要因が重要であることは予想できたが、横山広美先生らの分析では、女性が知的でない方がよいと思う人ほど数学の男性イメージが強い、という結果が示されているということは、新しい発見であると思った。

本書では言及されていなかったと思うが、「かわいい」という、日本特有の意味合いをもつ概念も関連があると思われる。英語のprettyとは違う、日本ならではの意味を持つ言葉であるために英語に直訳できず、kawaiiとそのまま訳されることが多いようである。「かわいさ」と「幼さ」が結び付くことから、「知的でない方がかわいいと思われる」という文化が生まれていると思われる。この点については、「かわいい」をめぐる研究分野で議論が行われているため、個人の感想のような書き方しかできない場所では言及するにとどめたい。いずれにしても、横山広美先生も「知的な女性を応援する社会に」という節で書いておられるように、知的な女性を応援しようと思う社会になり、知的な女性が生きやすい社会になることを切に願う。女性がキャリアを積むことの難しさ、仕事と家庭の両立という、なぜか女性にのみついて回ることの多い問題、喫緊の社会問題である少子化などもリンクしていると、個人的には考えている。知性と母性を対立するもののように捉える人さえいるようであるが、知的な女性が子供嫌いということはなく、本当はたくさん子供が欲しいと思っている知的な女性も多いはずである。 理系女性の話から逸れてしまったが、理系女子が1割強程度で、女性教授がほとんどいない電気通信大学の広報担当女性副学長としては、娘の進路として親が賛成しやすい分野の2位に「情報科学」があったという報告は嬉しかった。女性の理工系進学に明るい変化の兆しがあるということで、今後の広報活動の参考にしていきたいと思った。「電気通信技術」という分野については、下位の方にあることは心配ではあるものの、「電気通信大学」という名前を変えるという表面的な対策ではなく、理系で頑張りたいと思う女性が増えるような魅力的な大学になることで対策していきたいと思う。

 坂本真樹(電気通信大学 副学長・広報センター長・UECコミュニケーションミュージアム館長・人工知能先端研究センター副センター長・大学院情報理工学研究科情報学専攻教授)