秋になり、ひとまずコロナの感染状況は落ち着いた。夏にはあれほどの感染爆発が起きていたのに、ふと気がつくと第五波はあっという間にしぼんでいった。そのこと自体は歓迎すべきことだが、どうも解せない。なぜあんなにも急速に拡大し、そして激減したのか。
相手は指数関数である。一人の感染者が感染させる平均的人数が1を上回れば毎週のように感染数は増えていき、1を割れば収束に転じて急速に減っていく。それはわかるのだが、ではなぜ、1を下回ったのか。ワクチンの接種率は確かに上がったが、それだけで説明がつくのだろうか。この時期に特に接種率が上昇したのは若者世代だから、やはりそこが鍵だったのか。
もともと感染しても重症化リスクが低い一方で、ワクチンによる発熱などの症状が出やすい若い世代は、接種を忌避する人が多いと言われていた。SNSでは副反応に対するリスク情報とともに不安が拡散し、妊娠に影響するなど誤った情報や全くのデマまで出回った。
こうした状況に危機感を抱いた医師ら若い有志は、科学的に正しい情報の発信で連携し、またNHKではコロナワクチンのフェイク情報に警鐘を鳴らす特集番組が組まれた。漫画を織り込むなど若者を意識した番組作りで、出演者も40代までの若い世代で医師・心理学者・ジャーナリスト・評論家と男女多様な顔ぶれ。一方的な主張にならないよう、ワクチンに一定の懐疑心をもっている女性歌手も出演。説明や取材でもゴリ押ししたり否定したりしないよう気を配っていた。
これまで専門家は人々の不安に対して不合理であると否定しがちであったが、そうすると批判や拒絶反応を招くことがある。専門家による説明は、それが信頼を得て聞く人の納得を得られれば奏功するが、説得しようとしていると反発されると、却って逆効果になりかねない。10年前の原発事故後のリスクコミュニケーションにおける教訓がある程度生かされたのだろう。
こうした取り組みが有効だったのか、あるいは若者自身が身近な友人の感染に接して自ら意識が変わったのか、そもそも彼らを誤認していたのか。蓋を開けてみれば、若者向けのワクチン接種会場は予想外に長蛇の列で、高熱の副反応を承知の上でも接種が進んだ。
だが私はまだ納得できていない。情報を伝え続ければ、やがてそれになびいて説得される人もまた現れよう。コミュニケータは結局のところ、しつこく説明し続けるのがいいのか、説得は控えめに、相手が納得するのを待つべきなのか。選挙カーが候補者の名をただ連呼するのを聞きながら、そんなことを考えた。