「博物館と科学技術コミュニケーション~鉄と宇宙資源とアウトリーチ~」宮本 英昭 先生

2022-07-06

プログラムの必修授業「現代科学技術概論Ⅰ」は、さまざまな立場から第一線で科学技術コミュニケーション活動に携わってる先生方をお呼びして講義をしていただく、オムニバス授業となっています。

6回目は、宮本英昭先生に「博物館と科学技術コミュニケーション~鉄と宇宙資源とアウトリーチ~」についてご講義いただきました。宮本先生は東京大学の工学系研究科システム創成学専攻ならびに理学系研究科地球惑星科学専攻、そして総合研究博物館の教授を兼任されており、他にもJAXA宇宙科学研究所客員教授やPlanetary Science Institute上級連携研究員を務めていらっしゃいます。「人類は地球外天体にどのように進出するのか?」という興味をきっかけとして研究者のキャリアを歩まれ、現在では日本のほぼ全ての太陽系個体天体探査計画に参加して活動されています。

鉄の展示事業

宮本先生は過去の科学普及活動としてまずは東京大学総合研究博物館における鉄の展示事業「「鉄―137億年の宇宙誌」」(2009年)について説明されました。この展示事業では、宇宙誕生からの鉄を中心とした年表を作成し、鉄に関する科学的話題について展示を行っていたそうです。ここで、鉄を中心とした年表を作成したのは、鉄が宇宙や生命の発達に関して深く関わってきたためです。宮本先生は講義内で具体的に、鉄がどのように我々とその身の回りに影響してきたかについて述べていました。以下は、宮本先生の説明になります。

前提として鉄は最も安定した原子核を持つ元素です。その安定性ゆえに核融合によって鉄が宇宙に増え、太陽系などの星の素になりました。特に地球の組成割合は鉄が多く、中心核にある鉄は磁場を形成し、生命にとって危険な宇宙放射線を遮蔽しました。これにより、シアノバクテリアなどの生命が地球上に誕生でき、生命による酸素の放出によって現在のような大気成分になりました。ここまでは星や生命の誕生において鉄が重要であったということを説明しましたが、鉄は現在でも生命を支える上での重要な役割を果たしています。例えば、酸素を生命が体内に取り入れるためにヘモグロビンを用いており、その活性中心も鉄です。特にヒトと鉄の関わりは深く、人類は鉄の性質を活かして産業革命や電気の発明などの歴史を歩んできたのです。以上の説明の通り、鉄はいかなる時間スケールにおいても重要な役割を果たしており、それは宇宙に豊富に存在していることや、物理化学的性質、ならびに原子核の安定性などが原因であろうと予想できます。

宮本先生は、上述の通り解説されたのち、鉄の利用にも問題点があると述べられました。それは、地球の表面に存在する鉄は殆ど酸化鉄であり、これを金属鉄に戻すためには膨大なエネルギーが必要となることで、環境への大きな負担が必要です。これは白金族の利用も同じで、この場合はさらに安定供給という課題も加わります。このような課題を解決する方法として、宮本先生は小惑星の採取・利用を提案しています。隕石には高濃度の有用金属が含まれており、1つの小惑星を持ち帰るだけでも相当量の有用金属を採取することができます。この一連の議論を展示したのが東京大学総合研究博物館における展示事業でした。

モバイルミュージアムからTENQへ

宮本先生は、前述の鉄の展示事業以外にもモバイルミュージアムの取り組みについて紹介されました。モバイルミュージアムとは、従来のように科学館などの施設で展示を行うのではなく、ビルのエントランスなどの様々な場所に展示品を持って行き、展示を行う形態のことです。本講義では、宮本先生が過去に小学校でモバイルミュージアムを行った際のエピソードが紹介されました。宮本先生の実践では、借りた学校の空き教室を空間デザイナーにデザインしてもらい、研究者集団がまとめた最先端科学を学校の教師にチョークで黒板にわかりやすく書いてもらうなど、様々な支援のもとで行われました。ここでの宮本先生のねらいを要約すると、「大きな科学館では素晴らしい展示を行っているが、そこに参加するのは既に科学に関心のある家庭ではないだろうか。科学にあまり関心がない家庭の子供でも見に来てくれるような展示を行いたい。」ということでした。学校におけるミュージアムの取り組みは北海道など様々な場所で行われました。取り組みを続ける中で、TeNQの誘いが入り、そのプロジェクトに取り組み始めたといいます。TeNQとは水道橋にある宇宙の博物館です。TENQではプロジェクションマッピングによるシアターがメインであるものの、惑星科学の最先端の解説を展示する施設となり、現在でも多くの来場者が訪れています。

講義のまとめ

本講義のまとめとして、宮本先生は最後にサイエンスコミュニケーションに関する意見を述べられていました。サイエンス(科学研究)の進め方や背景について詳しい専門家が必須である一方で、科学者が専門としていないところ、例えばデザインや人的マネジメントなどに関してはその技術に長けている人の力も借りて協調的に発展させていくことを主張されました。

質疑応答

科学館の料金

Q:TeNQは有料であるが、これは学校におけるモバイルミュージアムのどのような子供でも参加できる理念と相反するのではないか。
A:科学館の入場料にお金を使わない家庭であっても、遊びに対してはお金を使う。遊びを科学館に取り入れることによって、科学の要素は1/5程度であっても来場者は結果として多く、今後はよりアミューズメント性を取り入れる必要性を感じている。また、無料にすることで低く見られることもあるといった欠点もある。TeNQは有料であるものの、商業施設にふらっと遊びに来た客に向けたアプローチができるといったメリットもある。

講義を通じて〜来てもらいやすい科学館とは〜

本講義を通して私が考えたことは、来てもらいやすい科学館が満たすべき条件は何かということです。これまで私は、来てもらいやすい科学館とは分け隔てなく科学の機会を提供する場であると考えていました。そのため、科学館の入場料が無料であることは科学が市民に広く開かれることの十分条件だと盲目的に信じていましたし、有料の科学館は科学に参加する市民を狭めてしまう要因の1つだと感じていました。しかしながら、宮本先生のTeNQの話によれば有料だとしても、科学館にアミューズメント性を付与することにより、広く来場者を集めることができるようです。つまりは、入場料は科学への参入障壁に対する直接の要因足りえないということになります。それでは、来てもらいやすい科学館が満たすべき条件とは何でしょうか。宮本先生の話を参考にすれば、その1つは科学館の付加価値であると言えるかもしれません。そこにはアミューズメント性や空間デザインなどの感性に訴えかけるものが含まれるでしょう。以上の議論から、有料にした分の資金を科学館の付加価値を高めた方が結果として来場者数は多くなる可能性が示唆されます。この仮説が正しいか否かについては今すぐには断言できませんが、この仮説への回答として宮本先生の活動は重要な事例となるでしょう。