「ジェンダーとSTEM」横山広美先生

2022-12-27

「科学技術コミュニケーション基礎論I」は、科学技術コミュニケーションの基礎について、さまざまな立場から第一線で科学技術コミュニケーション研究・活動に携わっている先生方をお呼びして講義をしていただく、オムニバス形式の授業です。

シリーズ最後の授業では、東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 副機構長(学際情報学府文化人間情報学コース兼任)横山広美先生に「ジェンダーとSTEM」についてご講義いただきました。

Science of Science communication

イエール大学の社会心理学者Dan Kahanらは、アメリカ人を対象に行った研究で、地球温暖化に関するリテラシーが高いほど、地球温暖化についての設問に正しく回答できることを示したうえで、共和党支持者は地球温暖化に関するリテラシーが高くても「地球温暖化の人為的要因」を認めないことを示しました。Kahanはこうした人達を対象にサイエンスコミュニケーションを行うには「サイエンスコミュニケーションの科学(Science of Science communication)」が必要であると投げかけています。

日本の現状と問題整理

「理系は男性が、文系は女性が多い。大学進学率は男性が高い」

これらは、日本では当たり前とされていますが、世界的に見れば、実は珍しい現象です。例えば、OECD加盟国においていわゆる理系分野における高等教育入学者に占める女性の割合は最下位になっています。PISA調査で日本の女性の数学の成績が世界的にも高いことから、日本女性の理系分野への進学率の低さの理由は学力でないことが示されています。

「どうして理系の女性が少ないと問題なのか」と問いには、平等――特に「機会の平等」(機会が開けていて、自由意志で進路が選べる状況)――が保たれていないためと答えることができます。それを前提に、理系分野に女性が少ない問題は、①「能力差別があるのか?」(男性の方が理数系の科目ができるといったステレオタイプがはびこっているのではないか)、②「平等度の低い社会要因が影響を及ぼしているか?」(性別役割分業意識が高等教育進学や理系分野の選択にどう影響しているのか)の二つに分けることができます。

横山先生のプロジェクトの研究

理数系の女性はなぜ少ないか。この問題の解明のために、横山先生はプロジェクトチームを立ち上げて研究を行いました。以下では、横山先生たちのプロジェクトチームの研究成果について紹介します。

イメージ

成人男女にアンケートを行い、学問分野のジェンダー・イメージを数値化しました。男性に向いていると思われている分野としては「機械工学」、女性に向いていると思われている分野としては「看護学」が挙げられました。さらに、調査ではジェンダーに関して不平等な態度をもつ人ほど、看護学を女性向き、機械工学を男性向きとみなすことも明らかにされました。

親の影響

大卒以上の学歴の娘と息子(学歴不問)がいる親を対象に「女性は男性に比べて数学的能力が低い」と思うかどうかを尋ねました。母親が「女性は男性に比べて数学的能力が低い」と思っていない場合、その娘は、母親が「女性は男性に比べて数学的能力が低い」と思っている場合よりも理工系分野を専攻していることが多く、この影響は父親では見られませんでした。

拡張モデルの提案

社会心理学者Sapna CheryanらはSTEM分野に女性の割合が低い要因として、①分野の男性的カルチャー、②幼少期の経験、③自己効力感を示しました。横山先生らのプロジェクトチームはさらに第四の要因として、性差別についての社会風土を付け加えることを提唱し、これらの要素が数学・物理学の男性イメージにどの程度貢献しているかを調べました。その結果、分野の男性的カルチャーと、性差別についての社会風土が強く影響していることが明らかにされました。

まとめ

プロジェクトの研究成果から、理系女性の数が少ない問題の背景は複雑であり、日本の男女平等度を底上げする必要であることが示唆されました。この問題は、一つの解決策で打開できません。原因を探り、エビデンスをもとにコミュニケーションの理論的モデル構築を行うこと――Science of Science communication――が求められているといえるでしょう。

質疑応答―改善策と世代間ギャップ

質疑応答では、主に、ジェンダー不平等の改善策と男女平等意識の世代間ギャップについて議論されました。

改善策については、学生側から、ジェンダー・バイアスについて、ハラスメント対策で行われている講習のようなSTEM分野におけるジェンダー問題の周知の取り組みが進んでいないことや、男女共同参画のイベントではスタッフが女性に偏りがちといった指摘がなされました。横山先生は、そうした現状を踏まえて、ご自身の研究チームのメンバーを意識的に男女同数にしたことをご説明され、「ジェンダーのことは女性がやるもの」という思い込みがあるため、そのような取り組みは、男女混ぜてやるべきとおっしゃいました。

ジェンダー平等の世代間ギャップについては、学生から、特に若い世代ではその平等の意識が高まっている一方で、年長者は保守的であるため、ジェンダー不平等改善のためには、現在の若い世代がトップになるのを待つしかないのではないか、という意見が出ました。横山先生は、確かにそう感じる点はあるが、年代に関わらず、ジェンダー平等について真摯、柔軟に考えている者がいる一方で、女性のほうが得であると思う男性もいるため、上手に進める必要があると指摘しました。そのうえで、今回の授業のようなジェンダー平等の議論は、10年、20年前は見られなかったことを考えると、良い方向に変わりつつあるのではないかともおっしゃっていました。

感想―

この授業で印象的だったことは、当たり前だと思われていたことであっても、科学的にデータを収集し、実態を数値化し、分析することによって、問題が明らかになるということです。それは、これまで、科学者たちがやってきたことであり、横山先生が物理学者であったからこそ、そのような視点に立てたのだと思います。

議論でも出ましたが、本プログラムを専攻する学生のように横山先生の講義を聞く機会がある人たちや横山先生の著作に手を取る人たちは、男女平等意識が高く、女性が理系分野に進むことに違和感がないと考えられます。一方で、女性に理系分野の選択肢がなかったり、女性に理系分野に進学にすることに理解が得られない社会に属している人もいます。すべての性別、地域、社会階層に属する人々が、平等に希望する学問分野を選択し、学び、活躍できる社会の実現が望まれます。この授業では、そのために、自分には何ができるだろうかと考えさせられました。

久保 京子(教育学研究科 総合教育科学専攻 博士3年/18期生)