「『科学技術への潜在的関心層・低関心層』へのアプローチ」加納圭先生

2022-12-20

プログラムの必修授業「科学技術コミュニケーション基礎論I」は、科学技術コミュニケーションの基礎についてプログラム担当教員のほか、さまざまな立場から第一線で科学技術コミュニケーション研究・活動に携わっている先生方をお呼びして講義をしていただく、オムニバス授業となっています。

第11回の講義は、加納圭先生(滋賀大学教育学部 教授)をお招きし、「『科学技術への潜在的関心層・低関心層』へのアプローチ」というタイトルで講義をしていただきました。加納先生は新しい科学教育テレビ番組制作のための調査研究」、「より良い科学技術イノベーション政策立案の仕組みづくり」など幅広い研究テーマで、科学コミュニケーションの研究に取り組んでおられます。

若者の科学技術離れとその解決における課題

1993年の科学技術白書(文部科学省)によると、小中高校生の科学技術に対する関心は学年が進むごとに減少する傾向にあります。これは「若者の理科(科学技術)離れ」などと呼ばれ、いまだに解決されていない問題です。加納先生は若者の理科離れに危機感を持って様々な実験教室やテレビ番組等の制作に携わり、「答えのわからないものを考える」という科学的姿勢のあり方を伝えてこられました。さらに、このような取り組みが理科離れに対してどの程度の効果をもたらすかを測定するため、ある市の小学生全員を対象に「科学について深く学ぼうとするやる気の高さ」についての追跡的質問紙調査を9ヶ月にわたって実施しました。追跡期間中に全児童にチラシを配って科学ワークショップを行ったところ、参加した児童は参加後にやる気が有意に向上していくことがわかりました。また、ワークショップに参加する児童はワークショップ参加以前からモチベーションが高く、参加しなかった児童は参加した児童と比べてワークショップ参加以前からやる気が低い層であることが明らかになりました。このことは、ここで実施した科学ワークショップが「既に理科離れを起こしている層」に対しては機能していないことを意味しています。

低関心層への効果的なアプローチの模索

オーストラリアのビクトリア州政府で使われた、人々を科学に対する関心層・潜在的関心層・低関心層に分類する手法を使うと、オーストラリア(2011年・ビクトリア州)では関心層が50%を超えるのに対し、日本(2013年)では16%にとどまりました。一方で、サイエンスカフェの参加者は9割以上が関心層であることも明らかになり、潜在的関心層・低関心層へのアプローチが課題であることが浮き彫りになりました。その後の検証で、公募型の保護者・子供向けの科学ワークショップを実施した場合、潜在的関心層の割合が50%ほどまで増加することがわかり、誰でも気軽に立ち寄れる科学ワークショップを商業施設で実施した場合は潜在的関心層・低関心層の割合は70%近くまで達しました。

さらに分析を深めて、参加意向者における各関心層の割合と実際の参加者層の違いを、「サイエンスカフェ」と「サイエンスとアートの融合イベント」について比較したところ、両者への参加意向者の関心層・低関心層の割合は同程度でした。一方、サイエンスとアートの融合イベントの実際の参加者における関心層と低関心層の割合は同程度であったにもかかわらず、サイエンスカフェの実際の参加者は関心層が8割以上を占めており、低関心層の割合が低くなっていることが明らかになりました。潜在的関心層・低関心層の人にどのように興味を持ってもらうか、そのような人たちにとって意味のあるものを作るにはどうしたら良いのかは今後の課題です。

質疑応答

講義では、科学ワークショップ等のイベントの設計における工夫についてのディスカッションが行われました。「科学と他分野を融合させるイベントへの参加がサイエンスリテラシーに繋がるとは限らない」、「そのようなイベントの内容が科学に偏りすぎていると参加者の不満を生む」などの意見が挙がりました。

講義を通じて

スマートフォンの普及により、人々は様々な情報への自由なアクセスを手に入れました。その反面、ユーザーごとにカスタマイズされた「知りたい情報」ばかりが知らず知らずのうちに厳選され、「興味のない情報」に対して見えない障壁が生じています。「興味のない人に興味を持ってもらう工夫・努力」は、様々な商品開発者・企業等が長年取り組んできたことでもあります。低関心層をターゲットとする科学コミュニケーションは、「科学」の形を保ちながらも、従来の「(関心層向けの)科学コミュニケーション」の枠組みに捉われない新たなアプローチを模索することが必要であるということに気付かされました。

舩越 菜月(理学系研究科 天文学専攻 修士1年/18期生)