プログラムの必修授業「科学技術コミュニケーション基礎論I」は、科学技術コミュニケーションの基礎についてプログラム担当教員のほか、さまざまな立場から第一線で科学技術コミュニケーション研究・活動に携わっている先生方をお呼びして講義をしていただく、オムニバス授業となっています。
4回目の授業では、定松淳先生に「双方向コミュニケーション」についてご講義いただきました。定松先生は東京大学大学院総合文化研究科にて科学技術インタープリター養成部門の特任准教授を務め、本プログラムの教員として関わっておられます。
双方向コミュニケーションの魅力とコンセンサス会議
ブライアン・ウィンの事例研究の影響を受け、科学技術政策の決定に市民の意見を取り入れようとする動きがあり、市民参加のためのさまざまな手法も開発されました。ところが、そもそも市民も参加する「双方向のコミュニケーションの魅力」とはなんでしょうか?
講義ではまず、対面でのコミュニケーションの良さについて議論しました。対面で実際に議論を行うことで、人の考えに対する誤解が減り、コミュニケーションがより正確に行われるとの意見が挙げられました。さらに、コロナ情勢を考慮し、対面でのコミュニケーションとオンライン(Zoomなど)でのコミュニケーションを比較しました。対面コミュニケーションでは、自分の発言がその場にいる全員に聞こえてしまうといった制約がない、との意見が挙がりました。声の大きさを変化させることで、その場にいる人のうち、狙った相手とのみ会話を交わすといった戦略的な行動をとれます。
こうした対面での双方向の科学コミュニケーションを求め、市民参加型のテクノロジー・アセスメントとして、デンマーク型のコンセンサス会議形式が考案されました。会議では、非専門家である市民グループが、専門家に質問をし、その回答を参考に報告書を作成します。
事例研究: 2000年農水省コンセンサス会議
農水省コンセンサス会議では、日本全土から市民パネルの参加者を募集し、農業者1名を含む計18名が選出されました。その後、本会合に向けて、専門家による説明のカギとなる質問を作成するため、準備会合が行われました。準備会合では、異なる意見と専門分野を持つ専門家が、それぞれの立場で遺伝子組み換え農作物について説明し、それを踏まえて、会合参加者がカギとなる質問を作成しました。9グループの「カギとなる質問」で、遺伝子組み換え農作物に関する、ほぼ全ての問題が網羅されていました。
本会合では、準備会合の参加者とは異なる専門家により、カギとなる質問が回答され、それをもとに、市民パネル間で議論が行われました。本会合は2回に分けて開催され、1回目では専門家による質問の回答が、2回目では、「市民の考えと提案」の取りまとめが行われました。まず、18人が4つのグループに分かれて議論を行い、その後、各班の議論内容を報告し合いました。しかし、4つの班の意見の取りまとめが難航したため、細部をより濃密に議論すべく、グループメンバーの組み替えが行われました。その後も、有意義な議論が展開され、会合終了時には、各班の中である程度意見がまとまりました。ところが、会合終了後に市民パネルが提出したメモに基づき、運営メンバーが意見を整理したところ、とても市民パネル間の共通理解が得られたとは言えない状況でした。特に、一部の重要な問題に関しての合意が得られなかったため、結果的には、「この問題はコンセンサスが得られなかったが、市民パネルから次のような意見が出された」として、さまざまな意見の併記にとどめられました。
質疑応答/農水省コンセンサス会議の議論について
学生の間で、農水省コンセンサス会議の議論内容や運営・議論の進め方等についてディスカッションを行いました。複数の学生から、「扱う課題が壮大すぎる、範囲を絞るべき」、「会議を開いたという事実に慢心し、充分なコミュニケーションがなされていないように見える」との、コンセンサス会議に対する否定的な意見が寄せられました。中には、「ここまで時間と金銭コストをかけたのに、明確な結論が得られないのは、コストパフォーマンスが悪すぎる」と強く批判する学生もいました。一方、「専門家と異なる観点を持つ、市民の声を取り入れようとする姿勢自体に意味がある」や、「幅広い観点から網羅的な質問が出たのは良いこと」と、一定の評価を与える学生もいました。コンセンサス会議の運営・議論の進め方については、「非参加者に会議内容がどれくらい届くのか」や「専門家で意見が割れているのはフェアではあるが、市民の混乱を招く恐れもある」という声が上がりました。さらに、「質問に優先順位をつける」や、「情報を不特定多数に発信できるSNSを活用する」といった改善案も挙げられました。
自分の感想/より「コスパ」の良い双方向コミュニケーション方法を求めて
科学コミュニケーションにおける双方向のコミュニケーションでは、両者の知識レベルに差があると、「対等」であることが困難です。対等な双方向コミュニケーションを目指す上では、授業で紹介された農水省コンセンサス会議のような、市民パネルを含む議論は非常に面白い取り組みだと考えました。しかし、授業後半のディスカッションで皆さんがおっしゃったように、こうした取り組みを行うこと自体は評価すべきものの、依然として多くの問題点が残されていることも痛感しました。知識レベルに差があることは、変え難い事実ですので、ある程度は仕方のないことです。その点を割り切り、農水省コンセンサス会議のように結論を保留にすることのないよう、より「コスパ」の良い手段を模索すべきだと私は考えます。どの程度割り切るべきか、どのような手段を講じるべきかを、他の事例も踏まえて、今後も考えていきたいです。
王 雨竹(理学系研究科 生物科学専攻 修士1年/18期生)