連載エッセイVol.195 「AI倫理と知の中央集権」 鳥居寛之

2023-11-25

ChatGPTをはじめとする生成AIの飛躍的な進化は世界に大きな衝撃を与えた。人類の知的活動を支える言語を巧みに操り、対話相手が生身の人間でなく機械であることの判別すら困難なレベルに到達している。ネット上の膨大な言語データを学習し、数千億ものパラメータを自動的に調整することで、様々な分野の問いかけに流暢に返答するだけでなく、文章の要約や翻訳、さらには絵画などの創作まで可能になった。

もともとヒトの脳神経の結合を模したニューラルネットワークモデルは半世紀以上前に提唱されていたものの、近年急速に発展したのはビッグデータとコンピュータ能力の飛躍的な進展に依るところが大きい。パラメータの桁数を増やすことで、劇的に賢くなったという。こうした生成AIがやっていることは、本質的には次の単語を予測するという単純なタスクに過ぎないのだが、それだけでなぜ様々な創発的能力を獲得したのか、誰にもまだわからない。翻って、人間の知能そのものが未解明なわけだが、人類の思考や文化的活動が押し並べて言語を基盤として成立しているということか、あるいは脳の認知機能の延長線上に言語が存在するということか。AIの進化が、人間とは何かという根源的な問題にヒントを与えてくれると期待したい。

鉄腕アトムやドラえもんなど、ロボットと人との共生を題材にした漫画に親しんできたからか、あるいは便利だからいいという実利主義からか、日本ではAIに好意的な受け止めが多い一方で、欧米からは、キリスト教的世界観に基づく嫌悪感も手伝ってか、AIの脅威に様々な懸念の声や規制の必要性が訴えられている。ただ、AI利用に関して著作権の問題や、ハルシネーションに代表される誤情報に対する倫理的問題が、人類が新たに向き合うべき課題であることは間違いない。

また、生成AIの開発には巨額の投資が必要で、世界的巨大企業が覇権を握る構図となっている。同じくフェイク情報の問題が深刻になっているSNSにおいても、世界中の億万の民が使うサービスが急激な変容を見せている。人員整理で情報の質を守る対策がおろそかになっただけでなく、科学者には無料で提供されていたデータが高額になり、Twitter (X) を利用した情報・社会科学の研究が困難になったとの嘆きも聞く。巨万の富を手にした一個人が世界の情報の流れを牛耳っていいのかという疑問とともに、知識の中央集権化に対する懸念は、人間とAIとの対峙という前に、人間同士で考えるべき喫緊の課題と言えるだろう。

『学内広報』no.1576(2023年11月25日号)より転載