連載エッセイVol.54 「三大災害とサイエンスインタープリター」 黒田 玲子

2012-02-09

昨年3月11日に東日本を襲った地震・津波・福島第一原発事故は、科学コミュニケーションに関わる問題点を科学者に、社会に顕在化させることになった。専門家とは何だろうか?専門家によって意見が異なれば、市民は誰の発言を信じてよいか混乱する。原発関係といっても、核分裂反応、原子炉工学、生物への放射線の作用、粒子の拡散など多様な専門家がいる。専門分野から外れているため不確かなまま善意に述べた意見も専門家の意見として社会に影響を与える。科学者として事実を言っても、マスコミをはじめ社会には誤解され非難されることもある。それを見て、だんまりを決め込む専門家も出てくる。その上、現在の科学技術では予見不可能なこともたくさんある。しかし、そのような状況においても政策決定がなされなくてはいけない場合もある。専門家と政治家の判断の基準は同じではなく、専門家の助言がそのまま行政に反映される必然性はない。重要なことは、行政と科学者がお互いの意見を尊重し、その違いととった施策の理由を説明する責任があるということである。

ユニークボイス(たったひとつの声)がある方が、社会は混乱しないとも考えられる。イギリスの政府主席科学顧問は、委員会を通して科学者の意見を聴集し、緊急事態にも直ちに首相に直接助言する。今回の原発の事故後に、チャーター機で自国民を日本から退出させた国があった一方で、イギリスが冷静に振舞ったのは、この制度のおかげである。見識があり、人物高潔で人望もある人がリーダーであれば、うまく機能する制度である。しかし、ユニークボイスには弊害も想定される。それに、現代は、多くの国民がツイッターで個人的見解を述べる時代であり、それがおおきな声となり、政治を動かすこともある。公的発表の信頼性が損なわれていれば、尚更である。

1996年に「社会的リテラシーをもった科学者、サイエンスリテラシーを持った市民、そして社会と科学の架け橋となるインタープリターの養成の必要性」を提唱してから、すでに15年が経った。科学技術創造立国日本のための理科好き子供たちの養成、難しい科学を分かりやすく解説する広報活動は盛んになったが、意見の対立する「社会の中の科学」に関する諸問題への対応の仕方、社会的リテラシーを持った科学者の養成の側面は、置き去りの観があった。「どう伝えるか」だけではなく「何を伝えるのか」をもキーワードとして、東大全学の大学院生を対象とした副専攻、科学技術インタープリター養成プログラムを設立した所以でもある。現在、7期生が履修するまでになり、たちあげに携わった者として感慨深いが、小職は本年3月を持って東大を定年となる。これまでの多くの方々のご尽力に改めて感謝の意を表すとともに、三大災害で顕在化した問題点もふまえ、今後、ますます発展していっていただきたいと願っている。

2012年1月31日号