連載エッセイVol.53 「ポスト・ノーマル・サイエンス」 草深 美奈子

2012-02-09

3月11日の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故以来、日本社会は、科学的知見を要するが、科学だけでは解決できない、しかも早急に判断しなくてはならない問題を次々と突きつけられた。避難区域の設定然り、原子炉の冷却に使用した放射能汚染水の処理の問題然り、運動場の使用規制の問題然り、食品の放射性物質暫定基準値の設定然り、枚挙にいとまがない。

ポスト・ノーマル・サイエンスという言葉がある。フントヴィッツとラベッツが1991年に提起した、社会が意思決定する際に利用できる科学研究を、「システムの不確実性」と、「意思決定に関与する利害」という二つの軸にもとづき、三つのタイプに分類する考え方である。システムの不確実性とは、科学や政治、経済といった複数のシステムが相互に影響しあい、総体として構造・機能上に不確定な性質を有している度合いを表す。

システムの不確実性と意思決定に関する利害がどちらも低い問題であれば、従来の「応用科学」で対処できる。この段階では、科学的原理が明確に把握されており、それを問題に適応して解決すればよい。二つの度合がやや高くなれば、「専門家への委任」が必要となる。医師やエンジニアなど高度の専門性を有した専門家が、予期せぬ事態に直面しても、経験を活かし臨機応変に問題を解決するように、専門家の知見を頼りに意思決定をしていくこととなる。

しかし、現実には、最良の専門家の科学知識と経験でも不十分であり、緊急に意思決定を要する政策課題が山積している。システムが巨大化し高度の不確実性を孕む状況下で、安全やリスクについて検討しようとすると、専門家間でも判断が分かれ、単に任せてばかりではいられない。この場合、従来の科学研究では対応しきれず、「ポスト・ノーマル・サイエンス」の領域となる。ポスト・ノーマル・サイエンスとは、応用科学も専門家の知識と経験も総動員した上で尚、社会の構成員が、何を守るか、個人の主観をも踏まえて、課題を評価し、社会全体として議論して、意思決定に活かす営みである。

3月11日以後の日本には、まさにこのポスト・ノーマル・サイエンスを要する課題が噴出した。重たい課題群を前に、科学技術インタープリターとして何ができるかと己に問えば正直に言って身がすくむが、せめて精一杯アンテナを張り、情報を精査し、我が身の問題として煩悶していかなくてはと思う。

2011年12月22日号