連載エッセイVol.60 「『すイエんサー』は科学番組か?――Yes, it is !」 定松 淳

2012-08-09

子供が生まれて少し大きくなってくると、それまでと違ってNHKのEテレを見る機会が増えてくる。昔の教育テレビだ。20年以上ぶりに見て気づくのは、教育テレビもずいぶん様相を変えているということだ。朝のお出かけ前にシュールな言葉遊びが楽しめる『シャキーン!』、「夜更かしワークショップ」が楽しい『2355』、大掛かりな実演を見せてくれる『大科学実験』、スタイリッシュな映像で魅せる『デザインあ』……そんな中でも異彩を放っているのが『すイエんサー』である。

「納豆の糸をうまく断ち切るにはどうすればいい?」とか、「嬉しいときガッツポーズをしてしまうのは、なぜ?」とか、はては「ファーストキスは本当にレモン味なの?」などといった視聴者の素朴な疑問に、3人の女の子たちが少しだけヒントももらいながら、あれこれ考えてゆく番組だ。かなりチープな感じのつくりの番組なのだけれども、これがなかなか見せる(我が家の小二坊主もすっかり気に入っている)。インタープリター養成プログラムの授業の一環で、この番組のプロデューサーの方のお話を聞く機会があり、その理由が非常に納得できた。

この番組、脚本が全くないのだそうだ。どんな問題を与えるかも出演者に教えず、一日がかりでロケを行う。出演者が問題に取り組む途中では、すぐに解答に到達するわけではない微妙なヒントが与えられる。このヒントをつくるためにスタッフが数週間、ブレーンストーミングをして準備をする。よってこの番組は、普通の番組と比べて相当な部分が、出演者にとって仕組まれていないプロセスになっている。だから出演者は一生懸命考えるし、答えにたどり着いたときは本当に喜ぶ。それが、他の番組ではちょっと目にかかれない、生き生きした魅力をこの番組に与えている。

そんな試行錯誤のプロセスを、プロデューサーの方は「グルグル思考」と呼んでいた。そう、この番組はこの「グルグル思考」をできるだけ追体験してもらうという点において、科学番組を志向しているのである。というのも、この「グルグル思考」は、研究者の方々は皆うなずくところがあるはずのものではないだろうか。ああでもない、こうでもないと考え、未知の領域を切り拓く。それは、それまで見えていなかったものが見えるようになるプロセスであり、大げさにいえば自分が自分を越えてゆくプロセスである。そんな苦楽一如の過程こそ、われわれを研究にひきつけて止まない核心だからだ。

そしてこれに対し思わずにいられないのは、サイエンスコミュニケーションに限らず、日本の教育は「新しい知識を増やす」、あるいは「所与の解き方をマスターする」という点に重きが置かれているということだ。しかし、勉強や学問の中心には、知識獲得や問題処理の速さ・正確さよりも、「グルグル思考」の苦しさと楽しさこそがあってほしい。そんな意味で、『すイエんサー』の試みに大きな敬意を私は抱く。

2012年7月25日号