「Re:Logergist」とは
グループでの討論を経て科学(学術)エッセイを書く企画です。日常を描写する科学エッセイを書き続けた物理学者の集団、「ロゲルギスト」の再現・再解釈を目指します。
科学(学術)エッセイ執筆を学ぶ授業として、Sセメスター『科学技術表現論Ⅱ』(担当教員:内田麻理香 特任准教授)を開講しています。
Re:Logergist(2023) エッセイ「浸かる化粧品」
放談「温泉について」を踏まえて、MEさんがエッセイを執筆しました。
執筆者:ME(工学部システム創成学科 3年)
温泉と化粧品はとても似ている。
想像してみてほしい。あなたは自宅の浴槽に良い入浴剤を入れることで、温泉に行くのと同じ喜びを補えるだろうか?温泉に行く喜びを得る代替手段は何かを考えてみる。入浴剤は、一般用の浴槽の設備を衰えさせないため、温泉と同じ効能を持つ有機物・無機物を非常に薄く希釈しているというから、浴室に意を決して大量の入浴剤を入れて効果を試してみればよいだろうか。はたまた、温泉に行くときは、私は同行者の存在などで旅情を味わっているから、友達と銭湯に行けば同じ気分になれるだろうか。温泉が湧くところは、大概雄大な自然の中にあり、温泉から見る景色を楽しんでいるから、雄大な自然を前にする田舎で普通の水道水のお風呂に入れば満足だろうか……これら3つは3つとも、成分・エンタメ・空間としての視覚的魅力、どれかしらが欠けている。
あなたがお金持ちで、自宅のお風呂の配管も高濃度の温泉成分が入ってもよいような屈強な設計で、お湯もある温泉と同じ成分を調合していて、庭園の眺めも良く、ジャグジーやサウナなぞの付加価値もつけられるとしたら?それはもう、貴方の家のお風呂を温泉と呼んでよくなってしまいそうだ。畢竟、温泉にあってほしいと私たちが感じる要素はいくつかあり、部分的に同じような満足感を別の方法でも得られるかもしれない。しかし、「温泉」と呼べるようになるにはまんべんなくクリアしなければならない項目があるのだ。化粧品のように、お金をかけようと思えばいくらでもその効果を得るべく課金できるが、効能と投資額は残念ながら比例関係にはない。温泉も化粧品も一定の課金を超えると、上積みしたコストに対する効果の増加率は鈍化し、壁を超えにくいのだ。
ちなみに、温泉を公共の浴用や飲用にする場合は、温泉法により都道府県知事の許可を得る必要があるそうだ((環境省. “温泉法の概要 [温泉の保護と利用]”.))。採取するにも、掘削しようにも、都道府県知事に許可をもらわなければならないし、提供する際はきちんと成分や禁忌症の掲示が必要である。しばしば、温泉の提供に必要な分析が不十分で経営者が捕まるなどのニュースを目にするが、それは裏返せばきちんと日本には温泉の法律が存在しているということである。
さて、温泉でしか得られない傾向が最も強い温泉の意義を挙げるなら、私は温泉成分の効能を挙げる。ハイキングや旅行などでは得られないものだし、家のお風呂に入浴剤を入れるというしいて言えばの温泉の代替案も、温泉に入ることとほど近い行為で成り立っているからだ。日本浴用剤工業会が発信している、入浴剤の効果とメカニズムを確認してみる((日本浴用剤工業会. “入浴剤の効果とメカニズム”.))。入浴そのものによって得られる温浴効果と、清浄効果、これらを高めることに入浴剤の基本的な効果はあり、これらの効能が医薬品医療機器等法(旧薬事法)によって定められているのだそうだ。なお、この法律は化粧品の定義も定めており、表示してよい効能に違いがあるそうだ。例えば、入浴剤の成分の種類別にみると、無機塩類は皮膚のタンパク質とアルカリが結合し、身体を温めたり皮膚の汚れを乳化したりといった、たしかに温浴効果と清浄効果の両面を持っている。炭酸ガス系の入浴剤は血管拡張作用を持つし、薬用植物系のものは生薬の成分だけでなく香りの働きも持ち、「アロマテラピー」はそれ自体が脳波や自律神経を測定することで効果が研究されている一大テーマだ。酵素系のタンパク質・脂肪・澱粉分解効果や、清涼系のさっぱり感、スキンケア系の入浴剤など、健康や美容のために様々な効能が入浴剤によって提供されている。綺麗でいるためにマメに使い続けられるか、買うことを厭わないか、消費者が試されていて、非常にコスメと近いものを感じてしまった。
ところで、浴用剤は「工業会」と名の付く、工業のおかかえの技術なのだということにも良い意味で驚きというか、感心した。科学的な香りがするではないか。化粧品が大好きで科学の道を志すという女子学生の話を定期的に聞くし、私の化学の恩師もその1人であったが、温泉の科学から化学、ともすれば地学などのサイエンスを学んでいく人があってもよいのだろうと思いを馳せつつ、今日も家のお風呂を沸かす。