連載エッセイVol.70 「東大インタープリタープログラム再考」 定松 淳

2013-06-18

3月の末に総合研究大学院大学「科学知の総合化」プログラムの研究会で、インタープリター養成プログラムについて紹介する機会を頂いた。着任1年目を振り返る良い機会になった。

1年を振り返って改めて思うのは、異分野の交流というのは大変に意義あることだな、ということだ。東大のインタープリターには、文系理系の双方から学生が参加してくる。理系の中でもさまざまな研究科の異なる専門の学生がいる。また学生の関心にも様々なタイプがある。「アウトリーチ活動が好きな学生」、「科学が関わる社会問題に興味がある学生」、「研究として文系と理系が重なるような領域をテーマにしている学生」、「自分の生き方・進路を試行錯誤している学生」といったように、多様な関心を持った学生が集まっている。

私は本郷の社会学の出身なので議論は学生のころからよくして来た方だと思うが、インプリの学生たちと議論をしていると学生の意見・見方の分布(バラツキ)がとても広く、他ではなかなか味わえない面白さを感じる。我々日本人は所属集団(この場合は研究室や学会)へ過剰に適応する傾向があるから、大学院という専門課程に進んだなかで他分野の学生と共に学ぶ機会を持ち、所属集団とは異なる見方に接触する機会を持つことは、受講生にとって大変よい刺激になっているはずだ。異なる専門に触れることは自身の専門性を問い直す良い機会でもある。自分の強みを自覚することにもつながるかもしれない。

ただしこれを支えているのは、インタープリターの学生たちが自ら主体的にプログラムを選択してきているという点だ。ピンからキリまでの大人数講義などと比較したとき、学生にやる気があることがハッキリしているというのは、教務に関わる身としてもあらゆる局面で話が進めやすい。そしてこの主体性の裏付けとなっているのが、選抜過程である。これは応募する側も審査する側もひと苦労ではあるのだが、このプロセスがあることがプログラムのアクティビティの質を保証しているように思う。もし誰でも自由に履修できるシステムにしたとすると、履修者は増えるかもしれないが、参加者の積極性は薄まってしまうだろう。

だから、選抜過程は「選抜する」というより「やる気・問題意識を確認する」という意味合いが強いと私は考えている。受講希望の皆さんは応募書類を目にすると、ちょっと肩に力が入ってしまうかもしれない。しかし是非リラックスして、ご自身の関心・興味や想いを、伸びやかに表現してもらえたら、と思っている。

2013年5月27日号