連載エッセイVol.142 「駒場博物館の『源平桃』」 内田 麻理香

2019-06-05

駒場Ⅰキャンパスが職場となり、一年が過ぎた。このキャンパスでは、四季折々の草花が目を楽しませてくれる。4月の初め、源平咲きをする樹を見つけた(写真)。源平咲きとは、一本の樹に赤と白の花が咲くことをいう。平氏の旗である赤、源氏の旗である白になぞらえて、このような趣のある名が付けられている。かつて、梅の源平咲きの樹は見たことがあるが、これは花の形といい咲く時期といい、梅とは考えにくい。桜かな? とも思ったが、源平咲きの桜はないと聞いたことがある。そこで、この樹を植えている駒場博物館の中に入り、その植物の名を尋ねることにした。

駒場博物館の受付にいらした方は、「待って下さいね」と言い、中にいる他の方にその名を聞いてくれたようだ。そして、「『源平桃』というらしいです」と教えて下さった。「その向かいにある赤い花の樹も、同じ源平桃とのことです」との追加の情報まで頂いた。

そもそも、源平咲きという現象はどうして起こるのか。赤い花は、アントシアニンという色素で発色したものだ。このアンシアニンが何らかの理由で発色しない場合、一部の花が発色せずに白い花をつける。色素をつくる遺伝子が発現しないという突然変異が起きると、源平咲きの樹となるのだ。紅白の花がひとつの樹に咲く状態は、ひとつの個体が複数の遺伝子を持つ「キメラ」の状態なのだ。駒場博物館の入り口に並ぶ二本の源平桃は、片方が本来の赤い花が咲いたもので、もう片方が突然変異を起こしたものになる。

このように身の回りにある現象には、科学があちこちに潜んでいる。花の名を尋ねた私と、それを教えて下さった駒場博物館の方々との間で、ある種の科学技術コミュニケーションが生まれたと考えると嬉しい。

さて、ここで新たな疑問が生まれる。梅や桃は源平咲きをするが、同じバラ科なのに、源平咲きをする桜は知られていないとのこと。桜の花の色が薄いから、源平咲きと認識しにくいという説も見かけたが、本当だろうか。その理由であれば、比較的濃い色の八重桜の源平咲きがあっても良いのではないか……というように、源平咲きに関する謎は深まるばかりだ。

この「桜の源平咲き」の不思議をご存じの諸氏がいらっしゃったら、ぜひ私に教えて頂きたい。この『学内広報』を通じて、新たな科学技術コミュニケーションが生まれるかもしれない。

『学内広報』no.1522(2019年5月27日号)より転載