連載エッセイVol.144 「映画とダイアローグ」 孫 大輔

2019-08-08

映画にはいつも「対話(ダイアローグ)」がある。それは人が「物語る」存在だからである。映画がどれほど高技術・高予算になろうとも、ストーリーの核となり心をゆさぶるのは登場人物(たち)の語り、すなわちダイアローグである。

皆さんは好きな映画の名場面として、どのようなシーンを思い浮かべるだろうか。そこに出てくるダイアローグは?おそらく、とてもシンプルな言葉のやりとりと、情感たっぷりの人物たちの表情や身ぶりではないだろうか。小説や演劇のダイアローグと違い、映画のダイアローグでは大げさな表現や直接的な心情のナレーションは必要ない。映像的表現がそれを埋め合わせるので、映画におけるダイアローグは比較的さりげないものとなる。アメリカの脚本家ロバート・マッキーは、その著書の中で、映画のダイアローグの機能を、①明瞭化、②性格描写、③アクションの三つに集約している。つまり、人物たちの対話によって、物語や人物の性格が明瞭化され、場面が動いていく。

映画は何よりも楽しいものである。しかも、娯楽としての要素だけではなく、教育的効果や総合芸術としての側面もある。筆者は、地域における健康プロジェクト(谷根千まちばの健康プロジェクト: まちけん)において、昨年25分の短編映画を昨年製作した。『下街ろまん』と題したその映画は、谷中・根津・千駄木という下街を舞台として、うつ病の青年が人々とのつながりによって健康を回復していく過程を描いた作品である。この映画も過剰な演出やナレーションは避け、人物たちのダイアローグを中心に描いている。この映画を作る過程で、日常的な「なにげない」ダイアローグが、いかに力強く人を勇気付け、トータルな健康(ウェルビーイング)を回復させるのかをあらためて実感した。みなさんも、映画のダイアローグの機能に注目してみてほしい。

『学内広報』No.1524(2019年7月25日号)より転載