連載エッセイVol.158 「ウィズ・コロナの科学コミュニケーション」 藤垣 裕子

2020-10-26

8月なかばに毎日新聞大阪社会部の記者から取材申し込みがあり、大阪府知事と大阪市長がうがい薬の使用を呼びかけた結果、買い占め行動までおきたことへのコメントを求められた。府立病院機構運営の大阪はびきの医療センター(羽曳野市)で、6~7月に療養中の軽症者41人のうち25人に1日4回、4日間うがいをしてもらい、唾液中のPCR検査を実施した。うがいをしないグループの唾液の陽性割合は56.3%だったが、したグループは21.0%だった。この研究結果をもとにうがい薬の使用がよびかけられた。

これに対して以下のコメントを行った。第一に、科学的研究成果は時々刻々と更新される「作動中の科学」であるということ、そして新型コロナウィルスに関しては世界中の研究者がウイルスのメカニズム、治療法の知見を収集中であり、対策については「不確実性下の意思決定」をしなくてはならないことが挙げられる。第二に情報発信上の問題として、このような不確実性下の意思決定をめぐる問題では、市長や知事といった発言の影響力のあるひとは、作動中の科学のエビデンスに対して慎重である必要がある。また、1つの情報源だけでなく複数の専門家の意見を聞く必要がある。さらに、疑問をもつこと、たとえば唾液中ウイルスが減っても体内にあるウイルスとの関係どうなのか、などの疑問をもつことが必要となる。

第三に受け取る側のリテラシーの問題もある。大阪市長の言っていることは本当か、疑ってみること、そして自分でしらべることが必要である。

このようなコメントをしてできあがったオンライン記事(紙面ではない)のなかに以下の記述があった。「科学的知見を見る際に気を付けるポイント: 研究成果の発表に飛びつくのではなく、疑問を持って見る『ため』をつくる」

「ためをつくる」とは何か。目の前にある情報や意見に反射的に反応するのではなく、時間をかけて調べたり考えたりする時間をもつことを指す。SNSで即答する習慣は「ためをつくる」機会を失うことにつながってはいないか、ためをつくる能力を失わせていないだろうか。考えさせられる機会であった。

『学内広報』no.1539(2020年10月26日号)より転載