連載エッセイVol.167 「科学エッセイの授業—ロゲルギストをお手本に」 内田 麻理香

2021-07-30

ロゲルギストという名をご存じだろうか。ロゲルギストとは、1951年から1983年頃まで活動した物理学者の同人会である。計7名の物理学者が集まり、様々な日常現象をテーマに科学的視点から「放談」するための会合を定期的に開いていた。彼らはその結果をエッセイとしてまとめ、雑誌『自然』に連載した。もともとロゲルギストのメンバーは、ノバート・ウィナーの『サイバネティックス』を、自分たちなりに再解釈をして体系化するために研究会を開くつもりだったが、その会はいつの間にか気になるテーマについて語り合う飲み会となったという。ロゲルギストは、「服は交互に着た方が良いか否か」や「かき餅の穴の形」など、取るに足らないテーマについて、大まじめに物理学的考察を加え、それをエッセイにして発表した。私は、このロゲルギストの「グループで放談し、それを踏まえてエッセイを書く」という活動を再現すべく、今年度のSセメスターから新しい授業「科学技術表現論Ⅱ」を開講した。

さて、ロゲルギストのメンバーは友人同士で飲みながら議論していたが、私が再現しようとするのは授業の中である。初めて会う受講生同士で、しかもオンラインの授業だ。このような状況でざっくばらんな放談が実現するのか、不安な要素は多々あったが、優秀な学生たちに助けられた。あるときの放談のテーマは、「チャーハンの作り方の正解」だった。パラパラのチャーハンを作るためのレシピは巷に数多くあるが、いったい何が正解なのか。そもそも、「パラパラ」とは何を指すのか……など、一見くだらなさそうだが、実に刺激的な議論が展開した。そして、学生たちが執筆したエッセイは、各々の個性が光る素晴らしいものだった。

もともと、書く能力の高い学生が集まっているとは思う。そんな彼らに対し、私の授業で提供できたものは、せいぜい異なる環境にいる学生との出会いなのかもしれない。それでも、人の行動や思考は集団に影響を与えて集団からも影響を受けるという、「グループダイナミクス」の力は大きいと思うので、学生同士の放談によって彼らの思考がよりいっそう磨かれたのではないかと考える。そして、学生たちの執筆したエッセイもまた、そのエッセイの読者の思考に影響を与えるきっかけになると信じている。

『学内広報』no.1548(2021年7月30日号)より転載