「大学・研究機関の広報」高祖 歩美 先生

2022-08-03

プログラムの必修授業「現代科学技術概論Ⅰ」は、さまざまな立場から第一線で科学技術コミュニケーション活動に携わってる先生方をお呼びして講義をしていただく、オムニバス授業となっています。

「現代科学技術概論Ⅰ」の4人目のゲスト講師は、複数の研究機関での広報担当として活躍されてきた高祖歩美先生に、研究機関の広報の業務についてご講義いただきました。高祖先生は、脳機能の研究にて博士号を取得された後、東京大学、大学共同利用機関法人人間文化研究機構(以下人文機構)などで研究成果に関する広報に携わり、現在は国立遺伝学研究所で同研究所を中心としたナショナルバイオリソースプロジェクト(以下NBRP)の広報を担当されています。

大学・研究機関の広報の仕事

高祖先生は、大学・研究機関の広報の仕事として、大きく分けて、①大学や研究機関と外部との窓口(問い合わせ、マスコミへの対応)、②HPの運営(コンテンツ制作)、③印刷物の制作(パンフレット、広報誌など)、④ロゴや大学名義の使用管理、⑤イベント企画など5つの業務があるとご説明されました。

多岐にわたる裏方業務を担う広報

続いて、ノーベル賞授賞式の内幕を例に、広報という仕事が裏方として大変複雑で多岐にわたる調整を担っていることをご説明いただきました。
ノーベル賞受賞式は、毎年大々的に報道され、広く一般にも知られています。所属機関の研究者が受賞したことの知らせから各種式典、それらに関する報道の交渉など、それらの舞台裏であらゆる準備を行い、関係各所との調整を担うのは広報担当者です。
例えば、ノーベル賞受賞者の発表は毎年同じ時期ですが、発表の時間が決まっていません。そのため、大学の広報担当者は所属機関から受賞者が出た場合に備え、発表当日は常時監視でSNSなども駆使して情報を集め、記者会見のための会場を設営し、花などの準備をします。また、スウェーデンでの受賞式典には、広報担当者が受賞者に同行し、授賞式の全てを取り仕切っているノーベル財団との交渉、受賞者のスケジュール調整、さまざまな規約の下での報道機関への対応、記録などあらゆる業務を行います。

文系・理系の研究発表における違い

人文機構での江戸の料理書に関する研究成果のアウトリーチ活動を例に、研究成果の効果的な伝え方についてご説明いただきました。
報道機関では、事案発生を起点として取材が行われ、報道へと繋がります。理系の研究成果は、研究成果が出るたびに比較的細かく論文として発表されます。そのため、事案発生と同様にニュース性が生じるので、報道の工程と親和性が高いと考えられています。これに比べ、文系の研究成果は、ボリュームのある専門書、作品や展示など時空間的に多様な形式で発表されます。報道機関が得意とするところのニュースを拾うという流れに合わないため、報道として文系の研究成果を取り上げてもらうに際しては、扱いにくさが否めません。
人文機構での研究成果である江戸の料理書に関する研究は、難読性の高いくずし字で書かれた料理書を、江戸時代の食に関する背景知識を踏まえて専門家が解読したものです。人文機構の広報は、この研究成果のデータを電子化して、誰もが閲覧できるようにクリエイティブ・コモンズで公開し、現代風にアレンジしたレシピを「クックパッド江戸ご飯キッチン」に掲載しました。
また江戸料理に関するイベントを公益財団法人「味の素食の文化センター」と共催するなど、一般向けの活動を展開しました。この共催イベントでは、アレンジレシピ本やお菓子のお土産の配布により、味の体験や実践可能な資料を一般向けに提供したことで、参加者層が学術系イベントとしては珍しく料理研究家や主婦層などへ広がりました。研究成果を伝えるアウトリーチ活動では、一方的な情報発信だけでなく、双方向で能動的な体験が発生するような工夫が効果的であると言えます。

広報の目的

国立遺伝学研究所と文部科学省が主導しているNBRPを例に、広報には常に目的があること、そしてその目的を達成する道のりは何かについてご説明いただきました。
広報とは、対象となる人々の意識や行動の変化を促すことを目的とした活動であり、そのための手段にすぎません。手段を構成する重要な要素は、「誰に」「何を」「どのように」伝えるかということです。NBRPのケースでは、リソースを研究者に利用してもらうことを目的として、手段を効果的に設計するために、手段を構成する要素を調査分析しています。
効果的な手法の設計には、伝えたい対象を明確に意識することが何よりも重要であり、目的に基づいて対象となるユーザーの絞り込みや潜在的ユーザーの発掘、対象との接点となる広報場所の選定など、多岐にわたる情報収集とそれらの分析が必要となります。

質疑応答: 広報の難しさとは?

高祖先生は、大学や研究機関の広報業務では、研究者と研究内容についてのコミュニケーションが欠かせないため、博士号を持ち、研究経験があるということは強みになると述べました。また、論文撤回やセンシティブな内容を含む研究などの事例において、広報担当者が適切な情報収集や調整が求められる難しさについても、ご説明されました。そして、広報の目的は研究成果を伝えることですが、成果の影には様々な泥臭い苦労があります。そうした研究の実態を伝え、理解を得ていくことも今後の課題であるとのことです。

感想: 講義を通じた感じた広報という仕事の泥臭さ

広報の仕事には、プレスリリースなどの対外的な発表を含め、研究と社会とをつなぐためのあらゆる業務が含まれています。そうした業務のほとんどが裏方での調整業務であり、その大半は「泥臭」く、「名前のない家事」のように直ちに大きな目立った成果にはなりません。しかし、大きく目立つ成功事例の影には、それら一つ一つの積み重ねがたしかに存在しており、必要不可欠です。研究機関の運営や社会における研究への理解の促進、研究成果の質や量の面での増進などのためには、柔軟に網の目のように、研究者や報道など様々な点を適切につなぎ支える広報活動が必要であるという実態について知ることができました。研究と社会をつなぐ役割の重要性と難しさを実感し、その実践について具体的かつ現実的に考える機会となりました。

野本 昌代(農学生命科学研究科・水圏生物科学専攻 博士4年/17期生)