連載エッセイVol.180 「Journalist-in-Residenceはあそび?」 豊田 太郎

2022-08-26

Journalist-in-Residence(JIR)とは、新聞雑誌等のジャーナリストが大学や研究機関の番記者となって頻繁に研究室に出入りし、時には研究の議論にも参加して、マスメディアで発信する活動である。日本ではインターネットの普及により廃れてしまった取材のやり方の一つだそうだ。今回、私が参加している研究プロジェクト※でJIRが始まったことから、私自身の体験もあわせて、JIRを紹介したい。

数年前、私はある出版社より新書を執筆する機会をいただいて筆を進めたが、次第に書けなくなり遂に辞退した。なぜ書けなくなったのか、当時は自覚できなかった。しかし後日、「科学系の新書は科学ファンが読み手で、科学ネタで“あそびたい”という心情に寄せればウケる」という科学コミュニケーション専門家の話を聞いて、合点がいった。執筆時の私は「研究成果一つ一つの努力や重みを“あそび”のネタにはできない」と感じ、研究を相対的に捉える心の“あそび”が欠けていたのである。私自身も講義では、受講生への伝えやすさを優先して他の研究者の研究成果を“あそんで”いることにハッとし、しばし悩んだ。

この経験の後、SF作家の藤崎 慎吾 氏による連載ルポで取材を受ける機会があった。そのルポでは、私の研究室で行われている研究内容が、親しみやすく、かつ本質をとらえた表現でまとめられていた。「餅は餅屋だ」と感銘を受け、悩み解消の糸口になると直感した。

2020年に始まった上記のプロジェクトで、私は先端の基礎研究を推進するだけでなく、その成果を如何に社会イノベーションに接続できるかという課題に、科学技術社会論を専門とする田中 幹人 教授(早稲田大学)と協働して挑戦している。その一環で始まったのがJIRである。しかし、JIRに参加した3名がメディア発信する思惑は、科学者側のそれと違っていた。そこで、メディア発信のための共通ルールから対話し始め、共同して学術イベントを数回ほど開催する経験を通じて、科学者側は立場の違いを、ジャーナリスト側は各研究課題の本質を、各々理解することに努めている。傍観ではなく併走して、共に“あそべる”関係を構築し、そのアウトプットが産業界・社会で受容され、そこからまたインプットが得られる好循環のロールモデルを目指している。

日本学術振興会学術変革領域研究(A)「分子サイバネティクス」ウェブサイト

『学内広報』no.1561(2022年8月25日号)より転載