連載エッセイVol.198 「心眼」 廣野喜幸

2024-02-22

昨年(2023年)の猛暑には、うんざりさせられた。自律神経失調症で体温調整機構に問題を抱える身には大層堪えた。さらに困ったことがもう一つあった。昆虫飼育の趣味をもつ私――私はもともと昆虫生態学者だ――にとって、深山(みやま)という低温環境に適応したミヤマクワガタを飼育するには、猛暑は致命的な脅威である。発泡スチロールにアルミ箔を貼り、凍らせたペットボトルの水を用いる超簡易温度調整システムで常時23℃前後以下に保つには、頻繁にペットボトルを交換しなければならない。そんな暇などない。

今回はいさぎよく諦めよう、全滅してしまっただろうからと、昨年末に飼育ボトルから土を掻き出しはじめたところ――よかった! 半分ほどが見事成虫に羽化していた。しまった! だったら、放置しておくべきだった。ミヤマクワガタは幼虫で2年過ごし、夏に羽化した新成虫は雑なつくりの蛹室で越冬し、翌年の初夏頃から活動をはじめる。越冬を乱してしまったじゃないか。あわてて越冬用の飼育ケースを用意したが、さて、今年の初夏まで生きつづけてくれるかどうか。

なにぶん、クワガタ類の幼虫は不透明な飼育ボトルの土の中にいて、様子は皆目わからない。イヌやネコなどと違い、ほとんどコミュニケーションがない状態で付き合わなければならない。クワガタ飼育には「心眼」が必要とされる所以である。

クワガタを手に乗せている写真(左)とフタに番号を記した土の入ったビン(右)
クワガタを手に乗せている写真(左)とフタに番号を記した土の入ったビン(右)

科学コミュニケーションにおいて、人々は自分が何を知りたいのかがわかっていないことが多い。それを見抜く心眼が科学コミュニケーターには、やはり大いに必要となってくる。

心眼を発揮できない私は、科学コミュニケーター失格のようだ。ということで、撤退することと相成りました。老兵は過ぎゆくのみ。これまで、どうもありがとうございました。再見、多保重!

『学内広報』no.1579(2024年2月22日号)より転載