連載エッセイVol.194 「浅虫温泉で知の可視化を考えた」 松田恭幸

2023-10-25

9月中旬に青森の浅虫温泉に行ってきました。と言っても旅行ではなく全学体験ゼミです。浅虫にある東北大学の海洋生物学教育研究センターが学部生向けの実習コースを英語で開講して下さっているご厚意に甘えて、PEAK生の中から参加者を募り、筑波大や京大の先生方や留学生たちと一緒に毎年参加させて頂いているものです。COVID-19の影響で4年ぶりの実施となりましたが、学生と一緒に楽しく実習を行い、充実した5日間となりました。

さて、この海洋生物学教育センターのすぐそばには青森県立浅虫水族館があります。この水族館は今年で創立40周年を迎える東北地方を代表する水族館ですが、初めて浅虫のセンターに伺ったとき、この水族館の前身はセンターの附属水族館だったと伺って驚きました。1924年に東北帝国大学理学部附属臨海実験所として設立されたとき、市民への一般公開のための水族館を青森県の寄付を得て建設したのです。オープンした水族館は人気を博し、観光名所として多くの人々で賑わったということでした。

調べてみると、こうした例は他にも多く見られることを知りました。東京帝国大学理学部附属臨海実験所(現:理学系研究科附属臨海実験所)に1932年に完成した水族館は「関東初の本格的水族館とあって大評判となり,年に10万人を超える人々がやってき」たとウェブページに書かれています。また、1936年に東京帝国大学農学部附属水産実験所(現:農学生命科学研究科附属水産実験所)が設立された際に名古屋鉄道株式会社からの寄付をもとに建設された水族館は、東洋一と言われる大規模なものだったということです。

大正期の帝国大学が研究活動の推進と並んで市民教育を重視しており、そのための場を自治体や民間企業と協働して実現し、地域経済の振興にも貢献していたという事例を目の当たりにして、大学が持つ知の可視化・価値化という課題について、当時の帝国大学から学び直すことが多くあるような気がしてきます。

『学内広報』no.1575(2023年10月25日号)より転載

実習で使う海洋生物を採取する学生たち。背後の裸島には、太宰治が浅虫滞在中に歩いて渡り、寝ているうちに満潮になって取り残されたという逸話がある