連載エッセイVol.192 「韓国の科学館から考える」 佐倉 統

2023-08-25

今年(2023年)の4月からサバティカルで韓国に滞在している。今までに5つの科学館(的なものも含む)を見学したが、全体に子供向けの教育目的を主眼としたものが多い印象だ。ソウルの子供科学館では大人ひとりの入館はできないと断られた。科学コミュニケーションを研究しに日本から来たんですと訴えたら入れてくれたけど、変質者だと思われたかもしれない……。

ソウル近郊で一番大きな科学館は、果川(カチョン)市の国立果川科学館だ。通常の科学技術入門に加えて、韓国の生活文化史と科学技術の関係、韓国SF史、科学とアートなどのコーナーも充実していて、子供から大人まで楽しめるすばらしいものだ。ただミュージアムショップは完全子供向けの品揃えで、展示内容が反映されていないのが残念だった。

韓国科学館のもうひとつの中心は、大田(テジョン)にある国立中央科学館。1993年の韓国科学万博の広大な跡地に建てられ、科学技術一般だけでなく未来技術館や自然誌館など、複数の大きな建物が並ぶ。ここの展示も工夫が凝らされ、人類史と技術社会の未来を一気通貫で見せたり、考えさせられるものもあった。ただ、やはりどうしても全体に子供向け、教育向けの雰囲気は否めない。

博物館学を専門とする韓国の専門家の話によると、科学者たちは研究成果を根本にすえた科学館・自然誌博物館が必要だと主張するが、研究所などは各分野で設置されているので研究組織はもう十分だろうとされ、なかなか認められないという。

研究と教育は不可分だ、博物館・科学館にも研究機能は必須だ、と言うのは簡単だ。しかし、では教育「だけ」を目的にした科学館では達成できない何が実現できるのか、それは社会にとって本当に必要なのかと問い返されると、具体的な説得材料をわかりやすく示すのは難しい。これは日本でも同じ状況だろう。一国だけでなく国際的に対応する戦略が必要なのかもしれない。

『学内広報』no.1573(2023年8月25日号)より転載

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❶❷国立果川科学館 ❸国立中央科学館の自然誌館 ❹中央科学館技術館