連載エッセイVol.50 「伝えること」 真船 文隆

2012-02-09

2010年10月16日土曜日、東京メトロ有楽町線で車両故障が発生し、一時間ほど不通になった。車両故障による電車の遅延など日常よくあることで、報道各社も気合が入っていないのは明らかで、その時の各社の報道(抜粋)はさまざまであった。

「9両目パンタグラフから煙が出ているのを同電車の車掌が見つけ、同社に通報した。」

「9両目のパンタグラフ付近にある空調ダクトから煙が出ているのを車掌が発見、同社に通報した。」

「新木場発和光市行き普通電車(10両編成)の屋根から煙のようなものが出ているのを、車掌が発見した。」

「停車中の列車から発煙があり、同線と副都心線が約10分間運転を見合わせた。」

これだけを読み比べても、9両目のどこで発煙があったのか各社まちまちである。全体を見通すと、「停車中の列車で、9両目のどこかで発煙があり、車掌が見つけて通報した」というのが報道したかったことのようである。

実際は少し異なっている。車両が有楽町駅を出発し桜田門駅に近づきつつある走行中、車両の天井付近で大きな破裂音がした。同時に、天井の換気パネルの穴から、黒いすすと埃が落ちて床一面に降り積もった。土曜日の朝8時過ぎであったので、その車両には10名程度の乗客しかいなかったが、しばし呆然と様子を眺めたのち、我に返って危険を回避するためにほかの車両に移って行った。間もなく桜田門の駅に着いたが、運転士や駅員は全く気付いた様子はなく発車しようとしたため、乗客が駅員に通報して電車を止めた。

2010年秋には横浜でAPECが開催され、この事故が発生したのはちょうどその開催一週間前であった。都内も含めて警備態勢がひかれ、都内の地下鉄でも警備中を呼びかけるポスターが掲示されていた時期である。その当時、現場に居合わせた私は、この事故がどのように報道されるのか注視した結果が上記のとおりである。軽微な車両故障に関する報道だが、これが科学に関する報道だとしたら、大きな問題となったかも知れない。

科学技術インタープリタープログラムのけん引役である大学院総合文化研究科教授の黒田玲子先生は、情報を発信する際に「何を伝えるか、どう伝えるか」が大事であるということ言われる。また、伝聞情報をつぎはぎするだけでは誤った発信になりかねないから、必ずその一次情報までさかのぼることの重要性も強調される。科学技術にとどまらず、どんなささいな情報でも、こういう姿勢は大切だろう。

2011年9月30日号