連載エッセイVol.58 「新しい時代のリベラルアーツ」 山邉 昭則

2012-06-20

“21KOMCEE”という新しい名所が誕生して約半年が経った。時代に即した新しい教育を実践するために造られた建物である。教育に加え、国内外の皆様を迎えての対外的な催しや学術交流にも大きな力を発揮する多彩な設備を備えている。環境にも十分に配慮した低エネルギーを実現する最新のシステムを持つ。さらに、建造の際には隣接のクスノキも大切に保存され、今の初夏の季節は、周囲の新緑がガラスの壁面を一層彩り、さわやかな景観が広がっている。

この教室の一つをお借りして今学期もゼミを開講させていただく機会に恵まれた。

教養学部は、様々な学問との出会いに溢れる、いわば、リベラルアーツが花開くキャンパスである。とはいえ、他方で、学術の基礎を固める大切な時期でもあるため、前期課程(学部1‐2年生)の場合は、科類を超えた共同学習の機会は必ずしも多くないことを学生たちから聴いていた。学術志向が近い仲間と学ぶ機会ももちろん大事であるが、そうした声のなかに、新たに取り組むべき課題も少し感じていた。

そこで昨年度から、科学技術と社会の問題を主たるテーマとして、”新しい時代の新しい教養”というやや気負ったサブタイトルで、すそ野の広がりを意識したゼミを開講した。すると、文I・II・III、理I・II・III、すべての科類の学生が集うめずらしいクラスが誕生した。今季は教室の定員を遥かに超える170名もの希望者があり、申し訳ない気持ちとともに選抜を行う必要に迫られた。ご縁が実らなかった学生の皆さんとは、また良い機会があればと心から願う。いずれにしても、このゼミでは、こうした科類を超えた学び合いというものを上位の価値においている。

それには比較的分かりやすい理由があって、現代社会の問題の多くが複合的な原因で構成され、一つの学術分野では問題解決が困難であること、実働のフェーズにおいても、多職種の連携はほぼ必須となってきているからである。環境の保全、震災復興、市民を交えての政策立案、先端技術の社会応用、どれをとってみても。こうした社会の現実を考慮すると、どの専門や職種へ進もうとも、異なる志向を持つ仲間たちが、どのように自分と違う価値観や考え方を持つ傾向があるのか、そうした発見や違和感を大学の授業で経験しておくことは、やがて異分野と効果的に協働できる社会人としてのレディネスにつながるのではないかと考えたのである。新しい学問の創出も異なる価値観の交流が契機となることがあるだろう。

欧米で浸透しつつある教育に、インタープロフェッショナル・エデュケーションというものがある。様々な医療専門職を目指す者たちが、”学習者の段階で”、異なる学科の仲間と同じテーブルを囲み、多職種連携能力の基礎を培い、臨床の職務に移行できるように方向づけしたアプローチである。既に有効なエヴィデンスを豊富に有する集学的医療やチーム医療など、現場のニーズに応じて、合理性をともなって、従来の縦割り教育が改革された良い例といえる。

現代社会の特徴を考慮すると、同様のことが科学技術をめぐる教育でも求められているといえよう。このゼミが、そのささやかな試みとして、新しい時代の新しいリベラル・アーツに寄与できればと願っている。多彩な学習者が集うこの教室においては、教員である筆者もまた学習者の一人という意識を持ちながら。

2012年5月25日号