いま、NHK総合でアニメ番組「チ。 ―地球の運動について―」が放映中である。このアニメの原作は人気を博し、第26回手塚治虫文化賞のマンガ大賞をはじめ数々の賞を受賞した。この作品は、禁断の地動説の研究に命をかける人々の生き様を描く異世界フィクションあるいはSFである。舞台は、C教という宗教が支配している15世紀のヨーロッパ。C教のもとでは天動説が正しいとされているため、地動説を研究する者は異端として拷問され、火刑に処されてしまうという世界なのだ。しかし、歴史上では地動説がこのような苛烈な迫害を受けた記録はなく、頑迷な宗教と闘う科学という単純化した構図は、熱い展開が魅力の「チ。」のストーリー上、必要なしかけだろうが、史実とは異なるのだ。
大人気のエンターテインメント作品だが、学術的に正しくない内容が含まれる問題は、科学コミュニケーションとしてどう考えたら良いか。「チ。」に限らず、「ポケットモンスター」シリーズでの「しんか」は、現実世界での「進化」と異なり生物学的には誤りである、などその事例は枚挙に暇がない。エンタメ作品の力は大きく、多くの人に届くため、誤解が広まったら困ると頭を抱える研究者も多いだろう。「チ。」に関しても、科学史家の方々の苦言やぼやきをSNS上で少なからず目にした。しかし、日本科学史学会は、この悩ましい「チ。」という作品に2023年度の日本科学史学会の特別賞を授与した。学会としてこの作品を退けるのではなく、協働する道を選んだことはわかる。
科学コミュニケーションには、科学の興味・関心が内輪で止まってしまうという永遠の課題がある。科学への興味・関心が高くない人たちに科学の内容を届けようと、科学コミュニケーション側は四苦八苦しているのだが、これがなかなか難しいのだ。科学コミュニケーションの内側からエンタメ作品を作り、巷で大ヒットしたという事例はめったにない。これは、科学側からエンタメ作品を作ろうとしても、どうしても科学的な正しさを重視することになるため、エンタメとしての質の向上に限界が生じてしまうためであろうか。
そこで、科学コミュニケーション側は人気エンタメ作品と協働する路線をとることがある。国立科学博物館と「ポケモン」、「もやしもん」、日本科学未来館と「ドラえもん」といった具合に。エンタメ作品に「便乗」し、興味・関心の予備軍に向けて、学術への回路を開く。エンタメ作品に含まれる誤りを問題視して退けるのではなく協働するという、二段構えの科学コミュニケーションは、興味・関心が低い人にリーチできないという永遠の課題の解決法のひとつなのではないか。