連載エッセイVol.205 「オオカミが来た!にならないために」 佐倉 統

2024-09-24

 2024年8月8日、宮崎県沖で大きな地震があり、南海トラフ地震臨時情報の巨大地震注意報が出された。2017年にこの制度が制定されてから初めてのことである。同時に、このような注意報・警報の難しさを改めて浮き彫りにする結果になった。

 この注意報は、南海トラフ沿いで一定の基準を満たす地震が発生した時に出されるもので、「今後1週間程度、平時よりも後発地震の発生する可能性が高まっている」との判断にもとづき、関連自治体に「避難態勢の準備」を呼びかけた。自治体の数は29都府県707市町村におよぶ。岸田首相もメディアを通じて同様のメッセージを発した。

 さて、この注意報を受けた私たちは、何をしたらいいのだろうか。私は、正直、戸惑った。避難が推奨されているわけではない。「注意」より一段上の「警戒」になると避難が求められるらしいが、今回はその手前だ。政府の地震本部も、「緊急に何かをすべきというわけではない」と繰り返した。

 避難の準備をせよ、しかし何かをすべきというわけではない──どうせいちゅうねん??

 この注意報を受けて、花火大会を中止にしたり、海水浴場を閉鎖したりといった「対応」が見られた。ホテル旅館のキャンセルもあった。野村総研の試算によると、観光業への打撃は3か月間で1,964億円という。これをどう評価したらいいのだろうか。損失は出たが、地震で生命が失われたり危険にさらされることに比べればずっとましだ、ともいえる。事前の予防リスクの提示には、どうやってもなんらかの不平不満はつきものだ。

 今回思ったことのひとつは、複数の異なるリスク群の総体的な見取り図の必要性だ。地震は大きなリスクだが、経済的な損失も、娯楽がなくなる精神的苦痛もリスクだ。特定の単一のリスクだけをターゲットにしたリスクコミュニケーションは、受け手やひいては社会全体の視野を狭くしがちなのではないか。個々の具体的なリスクの評価は難しくても、複数のリスクを考慮して、総合的かつ主体的に判断する姿勢が重要なのだと思う。

内閣府「防災情報のページ」より
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/rinji/index3.html

『学内広報』no.1586(2024年9月24日号)より転載