連載エッセイVol.186 「『三笘の1㍉』から大学を考える」 小松 美彦

2023-02-21

「よく居たオマエ‼」。「来ると思った‼」。昨年開催されたサッカーのワールドカップで、日本が優勝候補の一角スペインを倒し、決勝トーナメント進出を決めた時、三笘選手と田中選手が叫び合った言葉である。

前半を0対1で折り返した日本は、後半3分、堂安の弾丸シュートで追いついた。そしてその興奮もさめやらぬ2分半後にそれは起こった。右サイドでボールを受けた田中が、前線の堂安に縦パス。堂安はゴール前へと低いクロス。そこで前田がシュートを狙い疾走するも、間に合わない。ボールはゴールラインを割るかに思えたが、前田の外側をさらに駆け上がった三笘が、必死に左足を伸ばしてライン際で折り返した。ゴール前には先の田中が詰めており、右腿で押し込んだ。しかし、「ライン際」がビデオ判定となった。

三笘が折り返した際、ゴール前の状況を見る余裕はなかった。また、他の選手には、三笘がクロスを戻せるとは思えなかったはずである。だが、三笘は誰かが走り込むことを、田中は三笘が折り返すことを、いずれも信じ、奇跡がもたらされた。判定の結果、ボールはわずかにライン上に残っており、「三笘の1㍉」と言われる決勝弾となった。かくて試合終了の笛とともに、二人は抱き合い、冒頭の叫びを交わしたのであった。

テレビに釘づけになっていた私には、ある説話が想起された。『今昔物語集』の「馬盗人」である。

名馬を譲り受けんと源頼義が父・頼信を訪ねた日の夜、馬盗人に名馬が連れ去られた。寝入っていた頼信は騒ぎをかすかに耳にすると、馬にまたがり一人で賊を追った。頼義もまた下人の声を聞くや否や、やはり単騎で追走した。途中、頼信は「我が子は必ず追ってくる」と、頼義は「父は必ず前を進んでいらっしゃる」と信じ、馬を駆った。やがて夜盗は逃げおおせたと安堵し、水場で馬を歩ませていた。頼信は闇中にその音をのがさず、頼義が駆けつけていることを確かめもせぬまま、「射よ、あれぞ」と叫んだ。すると弓の音が響いた。こうして名馬を取り返した父子は、何事もなかったかのように屋敷へと戻り、床に就いたのだった。

コミュニケーションとは何か。「三笘の1㍉」に、「馬盗人」の説話に、その奥義があるだろう。翻って、漫画「気まぐれコンセプト」(『スピリッツ』22.11.14号)は、就職のためのOB・OG訪問の今昔を描いている。「CMを作りたいと思ったキッカケは」の質問を機に、昔は話が弾んだ。だが、昨今は次の応答がなされがちで、殺伐としているという。「そういう人の心の中の一番大切な部分に土足で踏み入る質問って、どうなんですか」。

はたして、現在の大学はいかがであろうか。

『学内広報』no.1567(2023年2月21日号)より転載