「科学技術政策」塩満典子先生

2022-12-13

プログラムの必修授業「科学技術コミュニケーション基礎論I」は、科学技術コミュニケーションの基礎についてプログラム担当教員のほか、さまざまな立場から第一線で科学技術コミュニケーション研究・活動に携わっている先生方をお呼びして講義をしていただく、オムニバス授業となっています。

10回目の授業では、塩満典子先生に「科学技術政策」についてご講義いただきました。塩満先生は科学技術庁(現・文部科学省)の頃から現在まで日本の科学技術政策にさまざまな角度から携わってこられた方です。講義では、行政が科学をどのように捉え評価しているのかについて、スライドで150ページ以上にわたる豊富な資料を基に説明いただきました。

科学技術政策の幅広さとそのための資金戦略の現状

まず科学技術・イノベーション基本計画(旧・科学技術基本計画)の発展を軸にして、現在の第6期科学技術・イノベーション基本計画が掲げるSociety5.0、総合知、AI戦略、ジェンダード・イノベーションが説明され、現在の日本の科学技術政策が何を目指して取り組んでいるかのフレームが提示されました。そして、令和4年度の第二次補正予算を例に、各施策に対してどのような名目で予算が組まれているのかが数字ベースで説明され、施策に関わる省庁やプログラムごとの予算の規模についての情報が提供されました。また具体的な事例として、JAXA(宇宙航空研究開発機構)をはじめとする日本の航空産業を取り上げ、官民連携における予算規模、研究目標、評価主体の難しさ、その客観的理解ためにEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング:証拠に基づく政策立案)の需要が高まっていることなどが説明されました。

科学技術政策評価の複雑さ

科学技術政策の効果は、その施策に投入したリソースと生み出されたアウトプットで評価されることが多いですが、具体的な評価の枠組みは多種多様であり制度設計が重要であることも指摘されました。評価者・被評価者は誰なのか、何を評価対象とするのか、評価基準は何か、評価プロセスはどのような形なのかを見ることで、政策はまた違った見方をすることが可能となります。この講義では男女共同参画を事例として、内閣総理大臣と内閣官房長官を長とする男女共同参画推進体制、指標である女性研究者の割合の現状の値、その解決のために男女共同参画基本計画が設立されて徐々に進められている環境整備、それでも依然として学会・大学により女性研究者の度合いには差があることが説明されました。

質疑応答

日本の基礎研究に対する科学技術政策の歴史

1980年台の“Japan as No.1”の時代に、Industry orientedだった日本の科学が、基礎研究を重視する風潮に移り変わっていった歴史について、なぜその変化が起こったかという質問が出されました。この点は多くの要因が重なっており明確なターニングポイントというよりも徐々に変化していったものですが、諸外国から日本が基礎科学へのフリーライダーと指摘された圧力や、バブル崩壊による企業の基礎研究所の解体によって国としての支援に切り替わったこと、また科学技術基本計画の立案に携わる省庁の影響(ノーベル賞などの基礎研究を重視する傾向のあった文部科学省が立案に携わったこと)などが考えうる可能性として提示されました。これに加えて塩満先生からは、2000年代初頭の基礎研究の支援を行う際、知財管理を当時専門ではなかった大学に任せてしまったことで、知財戦略を十分に取れなかったことに対する反省が指摘されました。

研究現場の問題意識と科学技術政策のアプローチのズレ

講義では、2000年代以降日本の科学技術政策が基礎研究を推進する方向へ科学技術基本計画が策定された経緯や、国際的に遅れをとっている日本の男女共同参画の改善に向けたさまざまな取り組みが紹介されました。ここに対して実際に研究を行っている受講生達から、「政策が目指している方向性は理解できるが、現場の研究者の実感を伴った変化に繋がっていないように感じる。学振PDの育休整備や基礎研究への資金配分など、研究者の中では何年も議論されていて政策もお金をつけているはずの課題が解決に向かっていないのはなぜなのか」という質問が出されました。これに対する回答として塩満先生からは、研究者が行政に意見を通すためのパスが整備されておらず、若手研究者の声が行政側に届いていない点がポイントとして挙げられ、ネットワーキングをより密にする重要性が説明されました。また、基礎研究の資金配分や男女共同参画は研究領域や学会によってその傾向が異なっているため、逆にお金のついている基礎研究領域や女性会員の多い学会の動向と比較することで、科学技術政策の多面的な理解の促進につながる点が言及されました。

自分の感想や見解/科学と政策の異なる力学を横断すること

科学者も科学技術政策の行政官も、大きな枠では研究をより良くしたいと思っているにもかかわらず、取り組み方の違いによって相互理解の障壁になっていることが鮮明になった講義でした。科学者は科学技術政策の最終アウトプットである施策の是非を論じることは多いですが、行政官がなぜその施策を行なっているかの歴史的経緯や組織の力学まで理解しようとすることは少ないと思います。これは科学者が客観性と中立性を重んじることに由来すると思いますが、科学技術政策が科学の発展の重要なリソースの源になっている昨今においては、一定数の科学者が行政側のロジックを理解し、同じ議論の土台に上がることは不可欠ではないかと考えます。また行政官は、科学者からの要請に応えることができる強力なパートナーであることを自覚し、予算の枠組みが科学者のボトルネック解消に機能するのかを常に反芻し続けることが必要だと思います。中長期戦略にフィットするように枠を作って資金投下をすることは簡単ですが、誰がその施策を必要としているのか、その施策が本当にターゲットにしていた人に届いているのかを聞き続けるコミュニケーションが、こと科学技術政策においては必要だと、講義を通じて改めて考えました。

三浦 崇寛(工学系研究科 技術経営戦略学専攻 博士2年/18期生)