連載エッセイVol.107 「『パナマ文書』と『サルの王国』」 松田 恭幸

2016-07-06

「パナマ文書」が世間を騒がせている。多国籍企業や富裕層と呼ばれる人々によるタックスヘイブンを用いた合法的な課税逃れの実態が改めて明らかになったからだ。課税を免れている金融資産の総額は全世界で4000兆円にのぼるとも言われており、タックスヘイブンの利用に関する国際的な規制を求める声が強まっている。

だが、企業とは本来、営利を目的とする団体である。つまり、払う税金の額を(合法的とされる範囲で)最小化することは、企業の行動原理に従った行動だと言える。また、タックスヘイブンほど極端ではなくても、補助金や税負担軽減等の形をとった企業の誘致競争は世界中で行われている。国境を超えて活動する企業の活動を規制するのは容易ではなく、また、過度の規制は自由競争を阻害し、世界の経済発展にマイナスの影響を及ぼしかねないのも事実であろう。ただ、そう説明されても「割り切れなさ」は残る。この「割り切れなさ」はグローバルな資本の論理とそれに基づく行動が、一般の市民の論理や感覚とは必ずしも一致しないという点に発しているのだと思う。

同じような「割り切れなさ」を感じさせるニュースが最近、Nature 誌に載っていた(*) 。2016年4月21日号の”Monkey Kingdom” というタイトルの記事によると、中国では自閉症や統合失調症、アルツハイマー病などの研究を遺伝子組み換えサルを用いて行うための環境が整えられつつあり、世界中の研究者が自国では行うことができない研究を行うために中国の研究所との共同研究をすすめているという。こうした動きについて記事は、欧米では霊長類を用いた研究が生命倫理的な問題から縮小されていく傾向があることに触れつつ、中国は世界中の研究者たちにユニークな貢献ができる立場にあると述べ、基本的に歓迎している。

科学の研究に国境はなく、また、過度の規制が科学の発展を阻害してしまうことも経済活動と同様であろう。だが研究活動が市民の論理や感覚と離れたところで行われ続けると、大きなバックラッシュが起きてしまうのも同様のように思われる。パナマ文書の公開とそれに伴う規制強化への動きを他山の石としつつ、研究に携わる科学者集団自らが、社会の多様なステークホルダーとの積極的な対話を通して自らの研究活動を律する枠組みを作り上げていくことが求められている。

(*) Nature に掲載された記事のタイトル “Monkey Kingdom” は 2015年にアメリカで公開された、スリランカの野生の猿の一家の生活を描く同名のドキュメンタリー映画に引っ掛けたものだと思われます。映画で描かれたのは野生の猿の王国なのに対して、記事で描かれたのはサルを用いた研究の王国、というわけです。映画に登場したスリランカ原産の猿はオナガザル科のマカク族の一種でしたが、実際にもマカク族に属するサルはヒトのモデル動物として動物実験によく用いられます。

2016年6月24日号