連載エッセイVol.188 「コミュニケーションの前にコミュニティを!」 梶谷 真司

2023-04-24

 私は2013年から2015年の3年間、京都の総合地球環境学研究所(通称「地球研」)で、都市と地方の関係から環境問題を考えるプロジェクトをもっていた。これは国際規模では、先進国と発展途上国の関係であり、より一般的に言えば、「中心」と「周縁」の関係である。そこにある問題とは、「中心」に当たる都市や先進国が物事を決定し、「周縁」に当たる地方や途上国の人々を犠牲にしているということである。つまり、環境問題とは要するに格差問題なのである。そのような視点から、プロジェクトでは、周縁に位置するコミュニティのイニシアティブをどのように強化するかという課題を立てていた。

 さて、環境問題に取り組むさい、通常は理系の研究者が中心になっていて、解決すべき問題――汚染や破壊――が具体的に決まっているのが普通だろう。ところが私たちは、コミュニティ形成の仕方からアプローチしていたので、取り組むべき問題が明確ではなく、理系の研究者がほぼいなかった。代わりに私たちのプロジェクトにはいろんな分野の人たちがいた。哲学以外に、文化人類学、民俗学、宗教学、人文地理学、建築史、社会安全学、都市政策、環境史、災害史、さらには農家の人や金融機関の人、自治体職員、デザイナーもいた。

 それで私たちがしていたのは、ひたすらおしゃべりであった。メンバー間はもちろん、地方のいろんなところへ行っていろんな人と話をした。結局私たちは、具体的成果はとくに出さなかったが、一つはっきり分かったことがある――科学に限らず、専門領域が何であれ、よいコミュニケーションをするには、それ以前によいコミュニティがなければいけないということだ。さもなければ、立場の違いからくる衝突や軋轢など、コミュニケーションの困難さにフォーカスが当たりやすい。だから問うべきは、このコミュニティがどんなもので、どうすれば実現できるかである。この一見当たり前のことが、意外に理解されていない。プロジェクトの最大の成果は、そこにあったと考えている。

『学内広報』no.1569(2023年4月24日号)より転載