普段、生活していくうえで、私たちは科学や技術について注意を払うことはほとんどない。私は今、この原稿を出張先で執筆している。電源、パソコンとインターネットアクセスさえあれば、場所に関わらず、原稿を書くことができ、そしてどこからでも即座に送ることができる。また、携帯電話があれば、どこでも話すことができ、必要な情報を瞬時に得ることもできる。便利な世の中になったものである。
一方、東日本大震災後、科学技術に対する信頼が揺らぎ始めている。マグニチュード9.0という大きな地震、それに伴って発生した津波、そして、その後に引き起こされた福島第一原子力発電所事故。私自身、このたびの大震災により、自然の脅威を痛感するとともに、研究者のアウトリーチ活動の推進に携わっている者として、科学技術の社会的な位置づけについて改めて考えさせられた。
科学技術は、経済発展の源である。しかし、環境問題に見られるように、科学技術と社会との共存が求められる現在では、社会が科学技術をどのように捉え、判断し、受容していくか、について考えることが必要になってきている。従来のアウトリーチ活動では、原理や原則、あるいは技術の理解に力点が置かれていて、科学技術の社会的な意義や役割に着目した例はあまり見られない。そこで、東京大学生産技術研究所では、次世代育成オフィス(Office for the Next Generation: ONG)が2011年6月に設置され、産業界と連携して科学技術と社会を結びつける視点も含めた出張授業と教材開発の新しい試みを行っている。昨年12月には、車両のメカニズムを題材に取り上げ、東京地下鉄株式会社(東京メトロ)や株式会社ジェイテクトの協賛を得て、須田義大教授が埼玉県立浦和第一女子高校で出張授業を行った。模型を使いながら車両の走行の仕組みなどを説明するとともに、車両産業を支える部品であるベアリングを例に取り上げ、実際のベアリングを見て仕組みを学ぶことにより、産業界の構造や科学技術の社会的役割について触れることのできる出張授業を行った。「ベアリングなんて聞いたことがなかったので、勉強になった」などの感想が見られ、今までにない興味深いアンケート結果が得られた。ONGの詳細についてはhttp://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ong/に記載しているので、興味のある方は是非参照いただきたい。
東日本大震災から1年が経過した。科学技術は、社会の隅々にまで浸透しているが、科学技術の理解については、隅々まで浸透しているのだろうか。科学技術と社会を結びつける科学技術コミュニケーションの必要性がますます増しているように思う。
2012年3月26日号