連載エッセイVol.105 「テロと学会」 佐倉 統

2016-05-12

2016年の科学技術コミュニケーション国際会議(PCST)は、4月下旬にトルコのイスタンブールで開催される。この文章をみなさんが読むのは、もう会議が終わったあとだろうか。トルコ開催のニュースを2年前に聞いたときは、うれしかった。未訪問の中で行きたい国ベスト1だ。なにより、アジアとヨーロッパの境界に跨がって存在感を発揮し続けてきた国の様子を肌で感じることは、コミュニケーションとは何かについて、得るところも大きいと思ったからだ。

だが、2015年の半ばからトルコではテロ事件が続発、16年1月にはついにイスタンブールでも自爆テロが起こった。死亡者10人、うち9名は観光客だった。こうなってくると、迷いが生じる。結局ぼくは、参加を見送った。何年も前から準備を重ねてきたトルコの実行委員会や関係各位には申し訳ない限りだ。学会のメーリングリストには、直前まで学会長や大会委員長からのメッセージが配信されている。やはり参加者が大きく減っているようだ。

人が移動し、アイディアや知識をやりとりをすることで、研究は進む。これは分野を問わない。だから、研究者が国際学会への参加を躊躇する状況は、学問の敵である。テロは世界と社会とそこで暮す人々にとってだけでなく、知識と文化にとっても憎むべき敵である。

この先の学術研究はどうなっていくのだろうか。世界中を飛行機が飛び交い、人と物が行き来する時代は、ピークを過ぎたのかもしれない。これからは、インターネットでの情報の交換が主流になっていくのだろうか。Skypeでイスタンブールの国際会議に参加できるのなら、是非ぼくもそうしたかった。近い将来、もっとリアルな遠隔会議システムも開発されるだろうか。ロボットをエージェントにして、代わりに参加させることもできるようになるのだろうか。

科学技術コミュニケーション国際会議は隔年開催なので、次は2018年だ。開催国はニュージーランド。その時は、平和に、希望する誰もが参加できる国際情勢になっていることを祈る。そして、祈ることしかできないのがとても辛い。

2016年4月22日号