科学と音楽「AIと作る私だけの曲」開催報告

2018-02-05

「私だけの曲」、「私好みの曲」をAIと作れるなら、あなたはどんな曲を作りたいですか?2018年1月31日、自動作曲システムを開発された東京都市大学の大谷紀子教授をお招きし、自動作曲によって私たち一人ひとりの音楽の楽しみ方や音楽ビジネス、AI創作物と著作権の在り方などについてお話いただきました。

1.自動作曲システムの仕組み

大谷先生の自動作曲システムは「特定の個人」のための曲作りが目的です。例えば83歳の男性の方の思い出の曲である「別れのブルース」(淡谷のり子)、「星の流れに」(菊池章子)、「リンゴの唄」(並木路子)をもとにこのシステムによって作曲された「よあけまえ」は、まさに「私だけの曲」と言えます。

これまで大谷先生はアーティストとのコラボレーションもされてきました。共同募金運動70周年記念応援ソングの依頼を受けたワライナキさんとともに、彼らのファンの協力も得て「akaihane」を作曲しています。まず元曲となるワライナキさんの「がんばってる君へ」「サクラフブキ」「オトノハ」をそれぞれ3つか4つのパートに分けます。次にワライナキさんが元曲として使うパートを指定し、システムが作り出したメロディーのいくつかをベースとして作詞・作曲をする、という手順を踏んだそうです。同じような手順で、このような「AIと人」のコラボレーションをテーマとして作られた曲が、「AIとぼく」です。これもワライナキさんの曲から作られましたが、歌詞は大谷先生たちが付けたそうです。サビにある「帰納・演繹・アブダクション」を人は意識しないで行っていますが、コンピュータは体系付けしてあげないとできません。でも人と機械は「ぜんぜん違う」から「成り立つコラボ」なのだと、その歌詞では歌われています。

大谷先生とワライナキさんは今までに5曲、一緒に作曲されています。最初は4時間かけて曲のパーツを作成していたのが、最近は2曲合わせて曲の完成まで2時間で済んでしまったそうです。この間、システム自体はほとんど進化していないということですから、システムの使い方のコツをワライナキさんの方が知識と経験をもとに学習されたということになります。大谷先生は「まだまだ機械よりも人のほうが学習のスピードは上だ」と思われたそうです。

2.自動作曲を取り巻くアクターと今後の展開

後半では、曲作りに関する様々な方とのコラボレーションについてお話をいただきました。アーティストの方がリラックスして曲を作るためには場作りが重要だそうです。また、曲作りにはフィールドワークの専門家や学生も参加しています。イベントでは学生がポスター作成やシステムを解説することで、「一般の人たちにわかるよう、どう伝えるか」を考える機会になるともおっしゃっていました。一方でテレビ取材の際には、どのような元曲かが写真ですぐわかるインタフェースを作ったところ、テレビ局の方はそれよりは真っ黒なコマンドプロンプト画面のほうが「AIっぽい」として好まれたそうです。

また自動作曲には著作権問題があります。曲をイベントで使用するにはどのような申請が必要なのか、様々な機関や人々と話をしながら解決策を模索されたそうです。さらには、AIが作り上げた曲に対する著作権はどうなるのでしょうか。現在、AIをツールとして作曲した場合、AI使用者に著作権がありますが、将来、AIが自律的に創作を始めるようになったらそうではなくなるとして「AI創作物」という考え方も議論されています。

知的財産権の専門家とのセミナーで「AIと人の境界線は何か」と聞かれた大谷先生は「再現性です」と答えられたそうです。自動作曲システムは進化計算アルゴリズムを使って曲の特徴を抽出するため、毎回異なる曲を生成します。しかし乱数を固定すればAIは毎回、同じ曲を生成します。一方、人は寸分たがわず歌うことはできません。今日作る曲と明日作る曲は同じものにはならないでしょう。2017年に日本AI音楽学会が設立され、今後はAIを使った作曲やAI創作物についても様々な議論がされていくことが予想され、そこでもAIと人のコラボが重要になりそうです。

3.質疑応答

会場からは様々な質問がありました。「何を特徴量として抽出しているのか」、「不協和音にならないのはなぜか」などシステムに関する質問のほか、音楽の受け止められ方の質問もありました。例えば「AIが作った曲とそうでない曲の判別はできるのか」という質問には、AIが作った曲と、元曲にインスピレーションを受けて人が作った曲をプロの作曲家に聞き比べてもらったお話をされました。人が作った曲は「普通」ですが、システム改良後のAIが作った曲は「ちょっとたどたどしい」、改良前の曲は「よく言えば斬新だが、普通こういう曲は作らない」と言われたそうです。

また、現在のシステムが人とのコラボを前提としているのに対し「今後、自律的に作曲する方向に向かうのか、ツールとして使う方向なのか」や「将棋や自動運転など自律的なAIの話題が多い現在、AIが芸術性も作れるとする考えもあるのではないか。しかしそれは芸術性とは何かという倫理的な問題もはらんでおり、それについてはどうお考えか」との質問がありました。これに対し大谷先生は「便利なツールを作る」ことを目指しており、「現在の段階ではAIだけで芸術性を作れるとは思わない」とお話されていました。アーティストにはシステムがどのような仕組みで動いているか納得して使ってもらうことが大事であるため、プロセスがブラックボックス化する技術は使用していないそうです。

大谷先生は様々なステークホルダーと協力して課題を特定し、どのようにしたらよいかの対話や実践を行っており、先生のご活動そのものが「科学技術インタープリター」の一つの在り方ともいえそうです。現在、AIをめぐっては様々なイメージや法的、倫理的、社会的な課題があります。しかしそれらは誰がどのような目的で使うかといった文脈とともに考えることが重要だということを、大谷先生のお話から再確認しました。

東京大学科学技術インタープリター養成部門
特任講師 江間有沙