連載エッセイVol.132 「対話(ダイアローグ)と医療」 孫 大輔

2018-08-06

「対話する医療: 人間全体を診て癒すために」(さくら舎)という単著を今年の2月に上梓した。以来、対話と医療に関するテーマで講演依頼などをいくつか受けるようになった。

「対話」というとてもシンプルな行為に関して、意外にも医療の世界ではあまり正面から取り組まれてこなかったように思う。というのも、医療コミュニケーションにおいては「対話」(ダイアローグ)の位置付けは明確でないからだ。

「対話」に近い概念として「熟議」(デリベレーション)という言葉がある。1992年のEmanuelらの論文で、医療コミュニケーションの4つのモデルの一つとして「熟議モデル」が提唱されている。これは、医師が患者に情報を解釈して説明するだけではなく、患者の価値観も考慮して「友人」のように相談に乗るというモデルである。このモデルでは、医師は患者の考えや価値観に応答しながら、医師自身の考えも変容する可能性をはらんでいるという意味で「対話的」である。

「対話」の原則には、この「応答性」が重要であると指摘したのは、ロシアの言語学者ミハイル・バフチンである。バフチンは「言葉にとって、応答の欠如よりも恐ろしいものはない」と述べ、対話の空間においては「応答」しあう多数の声が「ポリフォニー」という状態を作ると考えた。ポリフォニーの原則、すなわち、対話においては複数の「声」(視点)が応答しあう形で含まれる方が良いという考えは、対話を精神疾患の治療的アプローチで用いる「オープンダイアローグ」でも重視されている。

医療コミュニケーションにおける「対話モデル」は、現代の医療現場にさまざまな形で応用可能である。このモデルでは、医療専門職は患者の考えに常に「応答」し、対等な立場で双方向のやりとりをすること、また患者の価値観にオープンに接し、自分の考えも変容するかもしれないという姿勢で臨むことが重要となる。そして、終末期医療に関する意思決定など、医療者と患者・家族との難しい話し合いの場やコミュニケーションの場面において、この「対話モデル」が大いに役に立つのではないかと筆者は考えている。

2018年7月25日号