私は界面活性剤と色材を専門にしている実験科学者だと自負している。しかし、専門分野に寄り縋る自分は、角度をかえてみれば未成熟な一面を持ち、またその分、アマチュアな楽しみ方ができるものだと実感する経験が多くなってきた。
例えば、子供の上履きの手洗いである。私は汚れを落とすプロセスの理屈を細やかに説明できる。しかし、手洗いを始めた当初、家族からの評価は“不可”であった。減点ポイントの一つ目は手洗いが長時間にわたることだ。二つ目は、洗った後の上履きの白さが購入時のそれに完全には戻らないこと。三つ目は生乾きである。現在は、各ポイントでの家族の許容レベルを条件検討することで、ようやく“可”と評価されるようになった(と私は思う)。一方、家族の思いとは裏腹に、手洗いの最中に、子供が学校で、どう歩き、何をどう踏んづけたのか、という姿を想像するのが私の楽しみになった。
同様の経験として、リスクアセスメントの「見える化」の学びとこれに付随する関心事を得たことも挙げられる。最近、日本化学会の環境・安全推進委員会のお声がけで、実験室の安全の枠組みに関する書籍※の執筆陣に加わる機会を頂いた。私が研究室を主宰してきた15年の間にも、実験室や化合物をとりまく環境、殊に法令や行政ルールは変化しており、本学も環境安全研究センターを中心に対応に力を尽くしている。実験室の安全を維持するため私自身も腐心してきたが、今回のお声がけにより、実験室の様々なリスクを低減させ許容レベル以下とする取り組み(リスクアセスメントとよぶ)の「見える化」を新たに学んだことは新鮮な経験であった。今はリスクアセスメントを研究室メンバーと共有し持続するコミュニケーションを模索しているところである。またそのような中で、研究開発の現場である実験室の10年後 20年後の姿――例えばIoT技術や生成AIなどを利用したインクルーシブな研究開発環境とその安全――について想像し、その一部を実践することも、私の重大な関心事の一つとなっている。
※日本化学会編『安全な実験室管理のための化学安全ノート第4版』丸善出版(2024).