先輩インタビュー 第1回 堀部 直人さん(2期生)

小難しい情報を、分かりやすく整理したいと思っています。新しい世界を知るための見取り図を作りたいんです。

2002年理科Ⅱ類に入学、教養学部広域科学科に進学し進化生物学を専攻。2006年より大学院総合文化研究科でショウジョウバエの行動や油滴の運動を研究。生物系を記述する生物物理学と、物理系を記述する複雑系・流体力学を対比させることで生物と無生物の運動の違いを探る。2010年に科学技術インタプリター養成プログラムを修了、2011年に博士課程修了後、出版社である株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワンに勤務。営業部で書店営業を経験した後、編集部に異動。理工書、ビジネス書、学習参考書などを手がける傍ら、販売データの分析を行う。

はじめに、科学技術インタープリター養成プログラム(以下プログラム)を受講した理由をお聞かせください。
学際領域の研究を行っていたこともあり、異分野の研究・研究者の情報を吸収していく必要性を感じていました。多くの方が考える科学を社会に伝えるといういわゆる科学コミュニケーションではなく、科学者同士のコミュニケーションについて考えていました。少し分野が違うだけで当然知っているとされる基礎知識がまったく異なり、しかもそれがなんなのかは研究室に所属してみないと分からない。そのような状況を変えたいというのがきっかけでした。また、よい研究者になるためには視野を広く持ち続けることが必要だと考えていたので、研究室に閉じ込もっていてはいけないと思っていました。科学技術インタープリターと謳いながらも、哲学や数学など関係はあるけれど科学とはされない分野や、科学技術社会論など文系的な科学の制度面について専攻する人達が集まるというのも魅力でした。

プログラムの中で印象に残った授業や活動はありますか?
ライティングの授業を担当されていた瀬名秀明先生のご紹介で、朝日中学生ウイークリーの「サイエンスポット」というコラム欄に寄稿させてもらっていました。科学関係の書籍を魅力的に紹介したり、自分の研究テーマを中学生に読んでもらう、興味を持ってもらう、理解してもらうにはどうしたらいいかということを真剣に考えながら結構な時間をつぎ込んでいました。当初、情報を伝えるには「必要最小限の言葉を使って論理的に文章をつなげれば大丈夫だ」と思っていたのですが、それは違うということがよく分かりました。ロジカルな文章は最後まで読めば納得感があるのかもしれませんが、話のつかみがおもしろくないと、そもそも読んでもらえません。
また、自分にとっては意外なことに、中高生を対象に実験教室を行ったことも記憶に残っています。東京大学と株式会社リバネスによる「産業界のニーズに即した産業技術コミュニケーター育成プロジェクト」※※※リンク貼り直し)の一環で、科学コミュニケーションをいかにしてビジネスとして成立させるかというテーマの授業だと思っていたのですが、実際は実験教室を行うというあまり興味の持てない内容でした。にもかかわらず、とても印象に残っています。それがなぜかは今でもよく分かりませんが、もしかすると、なぜ自分が小規模な科学コミュニケーション活動を実施することに興味を持てないかを真剣に考えるきっかけになったからなのかもしれません。

研究職ではなく、企業で働くことにしたのはなぜですか?
進路を変えようと思い始めたのは博士課程2年のころです。学部卒業や修士修了時点では、たとえ食べていけなくても研究者になろうと決めていました。けれど、しばらく研究の世界に身を置いていると、これから先自分がどのようなキャリアを歩んでいくことになるのか、現実的に想像できるようになってきます。いつまでにどのくらいの業績を出して、どこでポストを得るのか、といったことです。研究者として生き残っていくには、然るべきタイミングによい研究成果を残していることが重要です。アカデミアでの就職は決してやさしくはありません。自分の将来を具体的にイメージするようになったタイミングで、なぜ自分が研究者になりたいのかを改めて考え直してみたのです。

研究者というのは、まだ誰も知らないことを知るのが好き、新しいことを発見するのが嬉しいという人たちです。自分もそれに当てはまると思っていました。しかし、突き詰めて考えてみると、必ずしも新しいことを自分自身で「発見」しなくてもいい。それまで知らなかったことを「知る」こと自体に喜びを感じているんだということに気付きました。そうなると、進路を茨の道である研究職に限る必要はないことになります。

ではなぜ出版を選んだのでしょうか?
就職先を考えるうえでの大きな転機となったのが、博士課程在籍中に実施された「事業仕分け」です。「1番じゃなきゃダメですか」という問いかけに対してどう応じたらよいのか考え続け、「1番だと注目されます。注目されれば応援してもらえます」という答えに行き着きました。いつかきっと役に立つとか、文化だから守らなければならないとか、他の答え方もあると思いますが、しっくりきたのはこれでした。これは結構おもしろいことを言っていて、1番だけど注目されないと意味がないんですね。逆に、1番じゃなくても注目されればそれでよかったりもします。
そうしたとき、科学研究がなぜこうも槍玉に挙げられたかを考えると、「営業力」が足りないからではないかというところに至りました。いい研究をしていれば誰かが見つけて評価してくれる、積極的に売り込むのははしたない、そんな意識がどこかにあったように思います。「そこを変えていく必要がある。科学研究の営業マンになろう」と決めてその方法を考えるようになりました。そして、情報を商品としている、ある程度のマスを相手にしている、ビジネスとして持続可能、さらに「知らないことを知りたい」という自身の欲求を満たすものとして出版があることに気付いたのです。
ディスカヴァー・トゥエンティワンは、書籍の問屋さんともいえる取次を通さない直取引という形態をとっていて、営業力の強い出版社として知られています。科学の営業マンとして編集から営業までしっかり関わりたいと思ったときに、このビジネスモデルは大変魅力的でした。また、当時まだ珍しかった電子書籍にいち早く取り組むなど先進的な取り組みにも積極的で、出版社の枠を超えた挑戦が可能というのも魅力でした。今でも、出版以外の方法で科学を売る方法がないかを常に考えています。

現在編集のお仕事をされていますが、本作りを通して伝えたいこと・やりたいことはなんですか?
理系書を中心に手がけていますが、ビジネス書や人文科学系の本も作っています。実は科学に限らず、さまざまなジャンルに興味があったようなのです。どうやら自分のやりたいことは「本当はすごくおもしろいのに小難しかったり自分には関係なさそうに見えたりするものを分かりやすく伝える」ということのようです。世の中にはたくさんの情報があふれていますが、それらをうまく整理して、読む人に新しい世界を知るための見取り図を提示したいんです。今まで知らなかった分野のことを知ろうとするときって、その分野の中で知識がどう整理されているのか、見取り図が分かりませんよね。逆に、見取り図を示して全体が見渡せるようになると、その分野における知識の位置付けや関係が理解できて、新しいことを知るおもしろさが増すのではないかと思っています。

情報を伝える媒体として、本のよさはどういうところにあると感じますか?
まず、テレビ番組やインターネット記事、新聞記事と比べ、盛り込むことのできる情報の量や質が高いと思います。1冊の本が約10万字として、この分量が1つのテーマを深めるのにちょうどいいサイズになっている気がします。伝えたいテーマについて1冊の中でどのように整理してどのように魅せていくか、案を練っていくのはとても楽しい作業です。それともうひとつ、本のいいところは商品として店頭に並ぶことです。棚に置かれた時点で、本の面積の分だけ情報を発信できるんです。これは、とても強力な営業・広報活動となります。実際に本を作るときも、書店のどの棚に並べたいかということをイメージすることがよくあります。たとえばビジネスの棚に置かれるような数学の本をつくれば、普段数学に接する機会の少ない人の目にも留めてもらえることになります。

プログラムや研究で学んだことと、現在のお仕事とのかかわりは何ですか?
まずは、情報を受け取る相手を想像するということです。ただただロジカルなだけの文章にしないというのはもちろん、書店で本を手に取ってもらうために、装丁のデザインやタイトルにこだわりますし、読みやすさを向上させるために改行やフォントの種類・大きさなど細部にまで気を遣います。たとえば『2階から卵を割らずに落とす方法』『サイエンスペディア1000』の2冊は、プログラムで知り合った方に翻訳をお願いし、できあがった本です。どちらも科学の本ですが、親しみやすく引き込まれるようなポップなデザインになっています。

また、本を作るだけというのは、いい研究をするだけなのとあまり変わらないと考えているため、いかにして売るか・いかにして読者に届けるかを考えようと、データ分析の仕事にも取り組んでいます。物理よりも数学のほうが総じて人気があるなど、ここからの発見もあります。さらに、膨大な量の売上データという煩雑な情報を整理して営業部の人が使いやすい形に加工するというのも、小難しい情報を分かりやすく伝えたいという欲求とマッチしています。
振り返ってみると、プログラムの修了研究では科学の専門用語の関係を視覚化することに取り組みましたし、大学で広域科学科に進学したのも科学のいろいろな分野を見渡したかったからです。知識の関係をうまく整理して見取り図を作りたいというのは、学生のころからずっと考えていたことかもしれません。

最後に、これからの受講生に向けてメッセージをお願いします。
まず、自分が「これだ!」と思い込んだことをとことん突き詰めてみてください。そうしたうえで、また別のことだったり、別の角度からものごとを突き詰めて考えてみてください。そして、その相反することもある突き詰めた考え同士をぶつけてみてください。これはもちろん研究に限らず、プログラムでの活動でも社会に出てから取り組むことでも、いろいろな場面でやってみてほしいことです。はじめに自分が持っていたものとは異なる視点から深めた考えをぶつけてみることで、新たな側面が見えてくるはずです。

(インタビュー:2016年3月18日)

インタビュー後記
本を編集する仕事の楽しさを語ってくださった堀部さん。興味を持った対象を深く探求し、知識を整理していく力と、常にアンテナを広げていろいろな分野を見渡す視野の広さを併せ持っているからこそ、現在のお仕事でも活躍なさっているのだと感じました。また、中高生に向けたコラムの執筆や実験教室の実施を通じて、研究発表や本作りなどさまざまな形のコミュニケーションについても示唆を得たというお話は印象的でした。私自身、本や雑誌での科学コミュニケーションに関心があったこともあり、科学のバックグラウンドを持って出版に携わっている先輩にインタビューできたことはよい経験となりました。自分にはない多様な視点を与えてくれる仲間のいるこのプログラムは、1つのアイデアをじっくり深めつつも、異なる視点からの考えをぶつけ合わせるのにぴったりな環境だと思います。堀部さんのお話を聞き、今後も本専攻の研究、プログラムでの活動ともに貪欲に取り組もうという意欲がわきました。

総合文化研究科 修士2年・藤井 朋子
科学技術インタープリター養成プログラム11期生