先輩インタビュー 第3回 倉持 哲義さん(1期生)

激動する世界の変曲点をとらえたコンサルティングをしたい、そのキッカケをくれたのが、ここで出会った多様な仲間との出会いでした。

2003年東京大学大学院薬学系研究科入学。アルツハイマー治療薬候補ガルスベリンAやインフルエンザ治療薬リレンザの全合成の研究を行う。2005年より科学技術インタープリター養成プログラム1期生。2006年より日本学術振興会特別研究員。2008年3月に東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。同年、国内大手製薬会社の研究部門に就職。2012年3月よりアーサー・D・リトル・ジャパン株式会社、2015年より米系コンサルティング・ファームに勤務。

まず、プログラム受講当時のことからお伺いしたいと思います。そもそも当初の受講の目的は何だったのですか。
色々な領域の学問をやっている人と議論のできる場に身を置いて、そこで学びたいという思いがありました。実際に自分で研究を始めるまでは、研究者って、例えばガリレオのような昔の科学者みたいに、いろいろなことをやる人だと思っていたのですね。でも、薬学部の研究室に入ってからは、想像していた以上に自分自身の専門以外のことについて考える機会がなくなってしまいました。自分が関与できる範囲が限定されることへの不安感が、科学技術インタープリター養成プログラムのような「外部」に目を向けるきっかけになったと思っています。

逆に言うと、「科学を伝える」という事は実は第一義ではなかったのですが、もともと一般向けの科学の啓蒙書は好きで、そういうものをアウトプットとして作れれば、と思っていました。実際にプログラムの先生方にお声がけいただいて在籍中や修了後に、科学関係の書籍の翻訳(『エンハンスメント論争―身体・精神の増強と科学技術』、社会評論社、2007)や執筆(『東大博士が語る理系という生き方』、PHPサイエンス・ワールド新書、2010)に携わることができたので、ある意味その目的は達成されたと言えますね。

一番印象に残っている授業は何ですか。
文章を書くことが好きだったので、瀬名秀明先生や立花隆先生のライティングの授業が印象に残っています。特に瀬名先生の授業の課題は「面白く書けていたら本当に雑誌に載せる」という非常に実践的なもので、とてもドキドキしたことを覚えています。同時に、1分でも提出が遅れると減点されてしまうなど、プロのライターとしての心構えを教えていただいたようにも思います。
他にも、アーティストの先生のワークショップやカミオカンデの見学など、実践的な授業が好きでした。当時を思い返すと、教室ではなくどこかへ出かけて実際に何かしている情景がまず思い出されますね。

プログラムを通じて、新たに得られたことを教えて下さい。
あまり「インタープリター」らしくない答えになってしまうのですが、物怖じをしなくなったと思います。プログラムを通じていろいろな人と会って話したことで、無理やり社交的にならざるを得なかったのでしょうね。研究をずっとやっていると、だんだん「教科書を読んで学ぶのが当たり前」という世界になってきてしまうので、これは貴重な機会だったと思います。

それから、やはり人との出会いは大きな収穫でした。プログラム受講生は、率直にみんな自分の知らないことを知っていましたね。プログラム2期生の堀部君※※※リンク貼り直し)が言っていた「知の世界地図」をまさに見ているような状態だったと思います。そんな多様なバックグラウンドを持つ人たちに囲まれていることで、新たな視点に気付かされることもありました。とくにコンサル流にいうと、イシュー設定の視点が“井の中の蛙”だったと痛感しました。例えば自分が薬学系研究科で取り組んでいた「人の病気を治す」という問題に対しても、「そもそも病気にならないようにすればいいのでは」「新薬のようなハイテクなものに頼らない方法もあるのでは」といった意見があります。こういったアプローチはなかなか薬学の内部からは出てこないです。それに、プログラムの同級生の影響がなければ、コンサルタントになることもなかっただろうと思います。

と言いますと?
理学系研究科で博士号をとったプログラムの同級生が、コンサルティング会社に就職したのですが、「サイエンスで培った専門性を広く展開していくにはコンサルタントになるのが良い」と話しているのを聞いて、初めてそのようなキャリア選択を考慮にいれるようになりました。薬学系の内部だけにずっと留まっていたら、製薬会社の外に出ることはなかっただろうと思っています。

「コンサルティング」の仕事はやや外からはわかりづらい面があると思いますが、普段はどのようなお仕事をされているのか、簡単に教えて下さい。
基本的に、あらゆる種類の問題解決を行っています。一部上場企業の役員クラスの方や各事業を統括している方をお客さんとして、企業全体の経営戦略から、事業ごと・製品ごとの方向性や、コストカットのようなオペレーションまで、あらゆるスケールの問題を扱っています。一つのプロジェクトにはたいてい4〜5人のチームで、3ヶ月程度のスパンで仕事をするのが普通です。

プログラムでの経験は今のお仕事に役立っていますか。
案外活きていると思います。コンサルタントの仕事は論理を駆使した「問題解決」と思われがちですが、最初の数年を過ぎて立場が上がるとお客さんとのコミュニケーションがどんどん重要になってきます。我々の提言に対して、お客さんの中で腹落ちして前に進んでもらうにはどうしたらよいか?お客さんが社内で上層部を説得するにはどうしたらよいか?専門的用語をかみ砕いて伝えたり、相手の価値観に立って考えたりする科学技術インタープリターとしての発想は、コンサルタントの場面でも非常に役に立っていると思います。

「『科学を伝える』前に、そもそも『相手は科学について知って何の得をするのか』を考えよ」ということは、僕も必修である基礎論の授業で部門長の廣野先生にさんざん念を押されました。
そうなんですよ。私が直接「科学技術インタープリテーション」に関わる道を選ばなかったのもそこにあります。例えば当時流行っていた科学者主導のサイエンス・カフェのような形式では、元々科学について知りたいと思っている人にしかアプローチできない。私はむしろ、科学技術のことなんかわからないし興味もない、という人が科学と適切に接することが重要なのではと思っています。そのため、「原発」や「がん」といった身近な危機感から科学知識へのニーズが生まれた時に、それを易しく説明できることこそ重要なのでは、と思っています。

今後のキャリアの展望についてお聞かせ下さい。
しばらくはコンサルティングの世界でやっていくと思います。昨今、例えば情報コストの低下や高齢化など、技術革新や人口動態といったマクロトレンドをドライビングフォースとして、ヘルスケアをはじめとする様々なビジネスの既存の考え方が急速に崩れてきています。その結果、未来のビジネス環境が具体的にどのような構造に行き着くのか、コンサルタントとして予測的なビジョンを考えることは非常に面白いです。ちなみに、わたしの尊敬するパートナーは、一般的なビジネス志向のコンサルタントを「ビジネス派」と呼ぶのに対し、私のような学究肌のコンサルタントを「ロマン派」と形容していました。ただ、もちろんビジョンだけではお金になりませんから、そこからどうやって利益を生み出す仕組みを作るかは、当然別にきちんと考えないといけないのですが。理想的には、自分も社会やビジネスの大きな変化のきっかけを作れるような人になりたいですね。

ところで、現在、僕は修了研究にちょうど取りかかりはじめたところです。倉持さんは修了研究では、「遺伝カウンセリング」について取り上げられていますが、なぜそのテーマを選んだのですか。
もともと「いろいろなことをしている人と繋がりたい」というモチベーションでプログラムを受講したので、あまり固まった修了研究のプランはなかったです。そんなとき、石浦先生に遺伝カウンセリングというテーマを教えていただきました。「遺伝子診断」という技術は一つの「答え」をクリアにはじき出しますが、それを解釈し受け止める人の反応は人によって様々です。科学と人間の間のグレーゾーンとしての遺伝カウンセリングの位置づけに、特に興味を惹かれました。
そういえば、この修了研究の時に人生で初めて人にインタビューをしました。聞きたいことをうまく聞き出すために、質問項目をあらかじめ決めるなど、色々準備したのですが、なかなか思い通りに行かず、難しかったですね。コンサルタントの仕事はインタビューの連続なので、今から振り返ると、「もっとこうしていれば…」と思う所などはあります。

最後に、これからのプログラム受講生へ一言お願いします。
大学院で副専攻プログラムを受講するような人には、個人のパフォーマンスが高く、これまで色々なことを自分の力だけで成し遂げてきた人が多いと思います。でも、何事もワンマンで辿り着ける範囲には限界があります。何もかも自分でやってしまうのでなく、自分の能力を他人がうまく活かせるように提供し、チームとしてより大きなパフォーマンスを発揮できるような人を目指してほしいと思います。ビジョンを掲げ、人を巻き込んでいく上で、インタープリターとしての能力は必ず役に立つと思います。
それから、カリキュラムが整っているだけに、なんとなく受動的にプログラムを受講しているだけで満足してしまう部分が自分を振り返ってもあったように思います。忙しいとは思いますが、プラスアルファで自分から能動的に何かをやる、という姿勢を大切にしてほしいと思います。

(インタビュー:2016年4月1日)

インタビュー後記
テクノロジーや社会の趨勢を未来へ外挿し、具体的なビジョンへと落としこむ「ロマン派」コンサルタントの思考に、科学技術論的発想、あるいはSF的な想像力と通底するものを垣間見た気がしました。同時に、倉持さんの穏やかな語り口からは、自分の価値観と厳しく向き合ってきた人の言葉の重みが伝わってきました。自分自身もキャリアの岐路に立たされている今、漫然とプログラムを受講して満足するのでなく、自分の価値観・目的に対する位置づけを常に能動的に問いなおしていく必要があると思いを新たにしました。

総合文化研究科 修士2年・田中涼介
科学技術インタープリター養成プログラム11期生