先輩インタビュー 第5回 大西 隼さん(1期生)

異分野の人たちと議論した経験は、メディアの仕事において「臆せず議論する力」につながっています。

2005年、東京大学大学院理学系研究科博士1年時より科学技術インタープリター養成プログラムに1期生として参加。大学院では、アルツハイマー病や、筋強直性ジストロフィーなどの神経疾患に関わるタンパク質の研究を行う。2008年3月に博士号取得(理学博士)。卒業後はテレビマンユニオンに参加。ディレクターとして『欲望の資本主義』(NHK総合)『地球タクシー』(NHK-BS1)『世界ふしぎ発見』(TBS)『大心理学実験』『ニッポンのジレンマ』(共にEテレ)など多くの番組を手がける。また、映画『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』では助監督を務める。

プログラムへ参加した理由を教えてください。
新たに「科学技術インタープリター養成プログラム」という得体の知れない副専攻が始まると知り、「いったい何をやるところだ、これは?」という感じもありました。新しく始まるプログラムに1期生として参加すること自体がワクワクしていました。私自身は、脳や神経系の病気の分子メカニズムの研究をしていましたが、その一方で、他の分野で行われている研究に対する興味が尽きませんでした。プログラムを受講すればそういう他分野の人たちと話せる機会が増えるのではと考えたのも、受講した理由の一つです。黒田先生はもちろん、メディアの方がいたり、アーティストの方がいたりと講師陣も魅力的で、本専攻での研究の負担になることは予想されましたが、参加しない理由はありませんでした。科学の最先端について知見を深めつつ、「そもそも科学とは」という根源的な問いについて考えながら、いろいろな人たちと交流や議論ができればと企んでいたわけです。

プログラムで印象に残っている授業を教えてください。
あえて1つを選ぶのは不可能なくらい濃密なカリキュラムだったと思います。例えば、高田洋一さん(彫刻家)の作品をご本人と鑑賞しながら、その作品の持つ意味やそこから想起される物語について喫茶店で皆延々議論したり、岐阜県で合宿をして、カミオカンデという巨大な実験装置を造る意味について議論したりもしました。朝日新聞記者の高橋真理子さんや、NHKの松本俊博さんらのお話から、科学を現場で伝えることの難しさや厳しさを感じ取ったということもありました。境真理子さん(映像論)の授業で、マンハッタン計画の関係者を題材にしたドキュメンタリー映像から「科学における善と悪」について議論したことも印象深いです。

また、修了研究は思い出深いです。ありきたりのものではなくて、ちょっと変なことをやろうと考え抜いた挙句、約2年間学んだことの1つのカタルシスとして、あの絵本のような作品※※※リンク貼り直し)を、本専攻の研究を終えてから、1週間徹夜を続けて作りました。修了発表で上映する30分前に仕上がりました(笑)。

実際にプログラムに参加してみていかがでしたか。
本専攻との両立を考えると確かに大変ではあります。忙しいという言葉は使いたくなかったので、同期の学生とはお互いに「めじろおしい (目白押し+目まぐるしい)!」と笑いながら励まし合っていました。しかし、それ以上に楽しかったという印象が強いです。大学院生という学生時代の最後のタイミングで、いろいろな人に出会い、いろいろなことを教わり、議論するという経験はとても有意義なものでした。

反対に、プログラムに対して何か不満だったところはありますか。
特にないです。思い出を美化しているのかもしれませんが(笑)。

そもそも不満というものは、「何かが与えられると期待していたのに、それが与えられなかったときに生じるもの」だと思います。私は1期生ですので、当時はまだプログラムの内容や進め方も固まっておらず、先生と学生が一体となってプログラムを作り上げていこうという雰囲気を強く感じていました。私としてもプログラムへの参加にあたっては、「何を得ることができるのか」というよりも「自分がこのプログラムに何をもたらせるか」という意識を持っていました。そういう意味では、不満がないというより、不満を持ちようがなかったというのが正しいかもしれません。

プログラムでは、様々な分野の学生と議論されたということですが、「もう少しこの分野の人と話したかった」と思うことはありますか。
質問とは少し違いますが、3.11の時に行われていた議論には興味があります。

科学技術インタープリター養成プログラムでは、科学と社会の関係について考えるときに、具体的な事例を持ってきて議論をしていました。その事例は理科教育から原子力まで様々ですが、どれもその重要性は理解しながらも、どこか実生活と乖離しているような気がしていて、ある種の嘘臭さも感じていました。科学と社会について、実はあまり実感のないものを無理にテーマ設定しているような、「議論のための議論」のように感じていたのも確かです。あるいは、このプログラム発足の前提となっている「科学と社会の間で、なぜコミュニケーションが必要なのか」について、議論があまりないまま話をしていたような気がします。もちろん2006年(?)当時から、環境問題や原発の問題など、議論の対象は様々あるにはあったのですが、科学を議論すること、そして伝えることが「なぜ大事なのか」ということが共有されていなかったようにも思います。

しかし卒業後、2011年、私たちは福島第一原発の事故を含む東日本大震災と、その結果生じた科学の信頼の失墜と社会の軋轢とを実際に経験しました。科学と社会の関係を考える上で、「3.11」は、大きな意味での「原体験」にならざるをえないと思います。

大西さんは博士号を取得なさっていますが、博士課程に進んで良かったことはありますか。
たくさんあります。研究者の端くれとして論文を書いたり国内外の学会で発表したり、そのような経験によって「ものを考え、議論する力」は上がったと思いますし、科学というものの本質について自分なりに理解できたかなと思います。また、「人間とは?」「科学とは?」「社会とは?」という根源的なことを考えつめる時間があったということは、今振り返るととても幸せなことでした。僕の場合は、博士課程に進んだからこそ、そんな時間を持つことができたと思います。

現在テレビ番組の制作に携わっていらっしゃいますが、メディア業界を目指したきっかけを教えてください。
小さい時は絵を描いたり、高校では同級生たちと映画を作ったりという、「表現すること」への思いや憧れはずっとありました。ただ、研究者を目指す中でその憧れは忘れかけていました。その一方、博士課程に進むと、研究の世界の楽しさや深さを味わいながらも、科学研究における矛盾や、ある種の窮屈さというのも同時に感じていました。その中で、人生をかけて自分が身を置くべき世界を改めて考えたときに、メディアの世界というものが頭の片隅に浮かびました。研究者として知のフロンティアを開くという役割の重要性も感じる一方で、本当に自分がやりたいことは、一つの分野に閉じこもることなく科学や世界の面白さ、その危うさを自らの体でもって知り、伝えていくことではないかと思いました。

社会の中でメディアの果たすべき役割について考えたとき、いわゆるビジネス全般が「筋肉系」だとすると、メディアは「神経系」のようなものであると僕は考えています。メディアの営みは、例えばGDPの成長には直接的に関与しないけれど、社会の健全性や豊かさを担保する上で欠かせないものであると思います。

このプログラムに参加し、ジャーナリストの立花隆さんをはじめ、生き生きと仕事をしているメディアの方々に教わる中で、メディアの世界で働きたいという思いが強くなっていったように思います。

テレビ番組を制作する上で、大学院での経験が生きていることはありますか。
以前、『大心理学実験』(Eテレ)という番組を作りました。番組を作るということは、ある決められた時間の中、その時間に沿って「物語の流れ」を作ることなので、一般の研究のように例外や各論的な要素をいちいち示すわけにはいかず、ある程度の捨象はせざるを得ません。その制約ゆえ、データの見せ方などには苦労しました。また、心理学の実験を一発勝負で撮影したところで、必ず成功するとは限らないわけじゃないですか。それでも、番組としては、やはり実験が「成功」したところを見せなければ面白くならない、そんなジレンマはありました。

そのような番組を作る中で、データの扱いに不正がないことの確認は入念にやっていました。あるグラフを作成するために使用した生のデータのチェックをしたり、ナレーションの表現が言い過ぎていないか、断言できないことを断言していないかなど、相当注意を払いました。

番組制作の業界を見てみると、理系の大学院を出ている人はかなり少ないのが現状です。『大心理学実験』に限らず、科学的なテーマを扱う番組が作られる際には、そういった陰でのチェッカーとして、ちょっと特殊な役割を果たしています。

最後に一言お願いします。
昔からよく思うことなのですが、議論の場で意見を述べる時に、「こんな意見を言うと変に思われるのでは」というように、意見に「感情」を乗せすぎると、本当に言いたいこと、言うべきことを言えなってしまうと思います。「意見」と「人格」は別です。それは僕が学生時代に学んだ最も大事なことかもしれません。議論を深めたり新しい発想のタネをもたらしたりする言葉を、臆することなく議論の場に投げ込むことのできるような人材が増えることを期待しています。

(インタビュー:2016年6月22日)

インタビュー後記
1期生として科学技術インタープリター養成プログラムに参加されたことや、他の研究分野に対する興味が尽きないというお話からも、大西さんが多方面にアンテナを張りながら様々な知見を得ようとする意識が伝わってきました。また、「意見に感情を乗せすぎてはいけない」というお話は、私が大学院生として、また科学技術インタープリター養成プログラム受講生として議論を行っていく上で、大変重要な意識であると感じました。大西さん、お忙しいところありがとうございました。

工学系研究科 修士2年・菊池豪
科学技術インタープリター養成プログラム11期生