先輩インタビュー 第6回 小川 達也さん(6期生)

科学コミュニケーションを学ぶ側から指導する側へ立場は変わりましたが、学び続けていきたいと思います。

科学技術インタープリター養成講座6期生。2010年、国際基督教大学を卒業。2012年、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻を修了後、千葉市科学館に就職。千葉市科学館では展示・ワークショップ等の企画・運営の業務を行った。2016年、国立科学博物館へ。現在は、国立科学博物館の常設展示である「親と子のたんけんひろば コンパス」および大学院生や社会人向けの講座である「サイエンスコミュニケーター養成実践講座」の企画運営を行っている。

はじめに、インタープリター養成講座(以下、インプリ)を受講しようと思った経緯を教えてください。
もともと大学に入学をしたのは、政治哲学を学ぶためでした。私たち人間がどうやったら幸せに生きられるかということを、政治哲学的なアプローチで理論的に考えたいと思っていたからです。しかし、哲学や政治哲学を学んでいくうちに、理論的な部分も重要なのですが、さらに現実社会に根付いた課題について考えてみたくなりました。そんな時に出会ったのが、インプリにも携わっている村上陽一郎先生の「科学・技術と社会」という授業です。この授業では、社会における科学技術の在り方とは何かを考える“科学技術社会論(以下、STS)”をもとに、現代社会における「科学に問うことはできるが、科学では答えの出せない課題」を多く学びました。そして、科学技術が社会の隅々まで浸透した社会において、科学技術のあり方を考える、ひいては、私たちが生きる現代社会で、どのようにしたら多くの人々が幸せに生きられるかを考える主役が、私たち市民なのである、という視点に気づけたことが、一番の収穫だったと思います。この、科学技術という観点から社会のあり方や私たちがどういう選択をしていくかを考えるSTSの方法論にとても魅力を感じ、結果として、このSTSの領域での研究をはじめることにしました。

大学院進学の際にはSTSだけでなく科学コミュニケーションも学ぶことにしました。科学コミュニケーションを学ぶ手段はいくつかありましたが、インプリを選んだのは、科学コミュニケーションを学問として学びつつ、もう少し社会全体で科学について「考える」機会をつくるにはどうしたらよいかを模索してみたいと思ったからです。特に、様々な社会的課題に対して、科学者と市民が一緒に考えたり取り組んだりする場をどのように作っていくかを学びたいと思っていました。

なるほど、では何か実際に科学コミュニケーションの場を作ることはありましたか?
インプリのプログラムの活動として実際に科学者と市民の直接的な科学コミュニケーションの場を作るということはありませんでした。ですが、科学との出会いの場を作りたいという思いで、修士2年のときにインプリの同期や後輩たちと駒場祭でブックカフェを出店しました。理想の教育棟にあるカフェゾーンを借り切って、当時のインプリの先生方や受講生がお勧めする自然科学や科学技術に関する書籍を紹介するというものでした。ただ書籍を紹介するだけではなく、インプリの先生方の研究について紹介するオブジェも作りました。例えば、黒田玲子先生の左巻きの貝と右巻きの貝の研究については、左巻きと右巻きの巻貝の比率に合わせた数の貝がらをケース並べて展示しました。ブックカフェの出店は面白かったですし、来場者は1000人を超す規模になりましたが、来場者が自分自身の興味関心で科学技術について触れるというものだったので、「科学との出会いの場を作る」という目的がどこまで達成されたかというと、まだ改善の余地がたくさんあったのでは思います。

特に印象に残っている授業は何ですか?
博物館展示を切り口に、科学コミュニケーションについて考える洪恒夫先生の授業は、私が博物館で働くきっかけになった授業だったと思います。授業は、自分の研究を紹介する展示をデザインするというもので、企画書の作成やプラン立て、レイアウトや展示方法などを考えて、プレゼンをするものでした。私にとっては、展示を通してどのように研究を伝えていくか試行錯誤することがとても面白かったので、科学コミュニケーションに関連する仕事が多くある中でも、特に博物館で働きたいと思うようになりました。ここだけの話ですが、一緒に授業を受けた同期の展示プランが良く出来ていて、悔しかったというのもきっかけのひとつです(笑)。

インプリのプログラムを通じて学んだことは何ですか?
一つ挙げるとすると、ものごとの“背景”を見る目の大切さです。例えば、先ほど挙げた洪先生の授業では、博物館の「展示」が博物館の使命の一部である「資料収集・保存」「調査研究」という“背景”の元に成り立っていることを学びました。この“背景”にある重要な根幹(メッセージ)を外さずに展示プランを作り上げることが難しく、また学びの多いものでした。

また、黒田玲子先生の授業では、自分の研究テーマを発表する時間があるのですが、私が発表をする時に使う一つひとつの言葉に多くのツッコミをいただきました。私自身が使う言葉の“背景”までしっかりと目を向けることが、自身の言いたいことをはっきりとさせること(深い理解)と、相手への思い遣り(様々な配慮)につながっていくということを学んだと思います。コミュニケーションの発信者として自分が何かを発信するとき、事柄一つひとつの背景をどこまで理解して言葉を紡ぐことができるかが【伝わること】にとって重要であり、こうした“背景”を見る目が、コミュニケーションの出来を左右する大切な鍵になることを体感として学べたと思います。

インプリでの経験がきっかけの一つとなり、現在は実際に博物館で働いていらっしゃいますが、博物館の現場での仕事内容や、課題に感じていること、印象に残った出来事など教えてください。
千葉市科学館に勤務していた頃は、来館者に提供するプログラムや春休みや夏休みに開催する企画展の企画立案・運営を担当していました。特にプログラムでは、科学館の近隣の大学や公共施設とコラボレーションをして行う企画を担当することが多かったです。例えば、千葉市の保健センターと協力した時には、骨粗鬆症を防止するための食事や運動を体験するプログラムを作りました。「学びの場を作る」という点では非常に有意義なものだったと思っていますが、このようなイベントに参加する方々というのは、既に健康に興味関心の強い方、あるいは既に課題に直面している方が多い傾向にあります。病気の予防や健康維持に最も関心を向けてほしい層、つまり、20代から30代くらいでまだ病気のリスクに直面していない方々には、あまり参加してもらえませんでした。伝えたいメッセージを意図した層に届けるというのは、当時も今も克服しなければならない課題といえます。

国立科学博物館では、主に2つの事業を担当しています。「サイエンスコミュニケータ養成実践講座」の講座の企画・運営と「親と子のたんけんひろば コンパス」という展示エリアの運営です。サイエンスコミュニケータ養成実践講座は、インプリの博物館版といえばいいでしょうか。活動の実践の場として博物館があり、この博物館の来館者とどのようなコミュニケーションを作り出せるかが問われます。インプリでは学ぶ立場であった私が、教える立場に変わったという点で、私自身が試行錯誤して来館者の背景や相手の文脈を考えてコミュニケーションを作り上げるのではなく、受講生が来館者について考え、どのような内容のどんなコミュニケーションの場を作り上げるかということが主眼になります。私がインプリで学んだことや千葉市科学館時代の経験を活かして、受講生にどのような影響を与えることが出来るかということは、自分がコミュニケーションを実践することよりも難しいことだと感じています。

「親と子のたんけんひろば コンパス」は主に未就学児を対象としている点が特徴的です。博物館の多くは設立当初に小学生以上を対象としていたことが多く、今でもそうした対象設定のままとなっている博物館もある一方で、博物館を訪れる未就学児が多くなっている実感もあり、博物館がこれまでしっかりとした対象としてこなかった未就学児向けの展示やプログラムを考える必要性が出てきています。国立科学博物館としても、この「親と子のたけんひろば コンパス」という展示エリアを新設し、未就学児を対象とした学びの機会を試行的にどんどん作り出しています。

これまでは私自身がコミュニケーションをする主体として科学コミュニケーションを考えることが多かったですが、国立科学博物館では、科学コミュニケーションの仕組みづくりや体制づくりを担っており、試行錯誤が続いています。

「サイエンスコミュニケーター養成実践講座」では、小川さんも講義をされているとのことですが、インプリでの経験が生かされている場面はありますか?
私自身が指導をする立場になって、インプリの授業で先生方がどのように伝えていたかを振り返ることがあります。授業のノートやスライド、参考書をひっくり返してきて、先生方の講義の内容にどのような意図があったのか、何を伝えようとしていたのかを学び直しました。教える立場になって、改めて学んでいるともいえます。

そうした中で、インプリでの経験が、科学コミュニケーションについて受講生に実感を持って伝えられる原点であると思います。何かと方法論に偏ってしまうこともあるかと思うのですが、科学コミュニケーションの意義やその立ち位置について、意識的に伝えようとすることは、インプリでの学びがあったからこそだと思います。

小川さんの今後の展望を教えてください。
博物館で働く身として、常に学びつづけていきたいと思っています。博物館というのは、生涯学習施設です。国立科学博物館でいえば、国が自然科学や、科学や技術の歴史についての生涯学習の場を提供している、ということになります。この生涯学習施設に勤める人間として、私も生涯学習を実践していきたいのです。

特に自分の業務以外のことにも興味を持って、いろいろな体験をしたいと考えています。一つ例を挙げると、もともとスポーツが好きなので、スポーツマネジメントに関心があります。アメリカの野球チームが経営戦略として、どのようなアプローチで球団やスタジアムやショップ等を運営しているのか、試合が無いときのスタジアム運営をどのように行っているかなどを調べたりしています。違った視点で組織のマネジメントを学ぶことで、博物館の運営に何か活かせないかと考える材料になっています。

最後に、インプリを受講する学生に一言お願いします!
インプリで過ごした日々は、思い返してみると贅沢な時間でした。自分がやりたいと思ったことは躊躇せず、まず実践してみることをお勧めします。インプリは自分がやりたいと思ったことをすぐ実践できる環境が整っています。それは周りに同じような志をもつ仲間がいるからだと思います。私の場合、インプリ在籍当時に必ずしも思い通りに力を発揮できたわけではありませんが、当時実践したからこその悔しさがあったからこそ、現在につながったのだと思っています。

また、インプリは自分と異なる分野の人たちが集まっているので、自分のアイデアを他の仲間と共有して形にする機会を持つことができます。駒場祭のブックカフェでは、作り手に様々な分野の人がいたので、それぞれ得意な技術を生かしてチームプレイで運営できたのは良い経験でした。社会に出てしまうと、同じ業種の人が集まって一つのアイデアを形にすることはできますが、異分野の人が集まってアイデアを形にする機会は少なくなります。自分のやりたいと思ったことを実践するのにやはり1人では限界もあるので、インプリの仲間と協力して、ぜひ思い立ったことを試行錯誤しながら実現してみてください。今の環境を最大限に活かすことが、きっと皆さんを新たな世界・新たなステージに誘ってくれるのではないでしょうか。

(インタビュー:2017年8月8日)

小川さんの生き生きとした話しぶりや、小川さんご自身が考えていることをその背景から丁寧に説明される姿から、熱心かつ楽しそうに博物館のお仕事をされていることが手に取るように伝わってきました。インプリで学んだこと、そして現在も学び続けていることが小川さんのお仕事と有機的に繋がっている印象を受けたので、自分も見習っていけたらと思います。小川さん、お忙しいところありがとうございました。

総合文化研究科 修士2年・遠藤希美
科学技術インタープリター養成プログラム12期生